さくら
公務員の両親が定年退職すると、光のために、この閑静な村に引っ越してきたのである。
光の顔は、ニキビを早く直そうとつぶしたため、痘痕になっていた。
両親は結婚をさせようと考えたが、光にそんな気はなかった。
また、今の光の顔では近寄る女もいない。
光は桜の枝を折る人を見かけても、黙って見ているだけである。其の人が見えなくなると、桜の枝に防腐剤を塗り、いつものように言葉をかけるのである。
光の事を気が触れていると言う人もいた。
「いつもありがとう」
そんな光に言葉をかけてくれる人がいた。
染井吉野であった。
光は桜の枝に触れるように、その人の差し出した手に触れた。
柔らかい。大人になって初めて光は女の肌に触れた。
柔肌は光にとって桜の花を抱いているのではないかと感じさせてくれた。