さくら
さくらの女(2)
桜並木を一人の男が歩いてくる。年は40歳前後である。
髪の毛はぼさぼさで着ている物もみすぼらしい。
右手に缶を左手に刷毛を持ち、腰には鋸切りと剪定ばさみをぶら下げている。
まだ朝の早い時間であるから、人はまばらである。
男の名は山田光と言った。
男は折られた枝を見つけると、剪定ばさみで切り口を整え、丁寧に防腐剤を塗るのである。
「痛くはねえだろう、嬉しいだろう。綺麗なんだから許してやってくれや」
男はそう話しかけながら、桜の枝を女の肌のように優しく触るのである。
光が難関の高校に合格し、オリエンテーションの帰り道、少女が自転車で倒れた。光は自転車を起こし、友達は少女に声をかけた。光はハンドルの曲がりを直すため、真新しいズボンを汚すことにためらったが、思い直し、両足で車輪を挟んだ。
両手に力を入れると、ハンドルは元に戻った。