ある秋の日
ここは小さな商店街。小さいけれど、人が行きかう場所だから、色んなことが起こります。
ほら、そこでも…
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もう九月も終わり。
ちょっと寒くなってきた。冬服が恋しくなってくる。でも、夏服との別れはさみしい。俺は高三だから、これで夏服は最後。
高三の夏……
何にもなかったなぁ。勉強ばっかりだった。出会いなんてありゃしない。夏休みも勉強三昧でお祭りとか行けなかったし。まぁしゃーない。受験生ですもの……
これって言い訳だよね。出会うやつはどこでだって出会うわけだし。塾にかわいい子がいなかったわけではないし、俺が努力してないってだけなんだろうね。
あー、さみし。結局高校生活で恋愛経験ゼロですか。全く。
い~しや~きいも~やきいも~
あ、焼き芋か。久しぶりに食べたい。財布の中身と相談せねば……うーん、六百円か。いくつ買えるかな。意外と高いんだよな焼き芋って。
「すいませーん」そう言って焼き芋屋を止める。
「お、兄ちゃん、学校帰りかい?」
「ええ、まぁ……」
「そんな辛気臭い顔すんなよぉ。焼き芋買いに来たんだろ?いくつ?」
どうやら焼き芋は一つ四百円らしい。うーん、一つしか買えないなぁ。
「どうした兄ちゃん、お金が足りないのか?まけとくぜ?なんとサービス!二個で六百円だ!」
ぴったりだ。この人は俺の財布の中身を透視でもしたんだろうか。
「じゃあ焼き芋二つ」
「よし、ちょっと待ってな。ほれ」
あったかい。やっぱり焼き芋はいい。食べながら帰ろう。
商店街を通り抜けたところで、紗枝に会った。紗枝は俺の妹。
「お兄ちゃんが来るのを待ってたの」
「なんで待ってたんだ?」
「いや、なんとなくだよ、なんとなく。理由なんていらないのだー」
「嘘ついてるだろー。お前、嘘ついてるとき鼻の穴がピクピクしてるんだぜ。知ってた?」
「え!?」
紗枝は鼻を隠すようにした。あぁ、こいつ嘘ついてるな。
「馬鹿だな、そんな癖お前にはねーよ。これで嘘ついてるのはわかったけどな」
「あっ」
ようやく気付いたらしい。やっぱりこいつは馬鹿だ。
「正直に話せば許してしんぜようではないか」
「ははーっ、ありがたき幸せ…ってなんでいきなり時代劇風!?」
「いや、なんとなくな。とりあえず待ってたホントの理由を教えろよ」
「偶然通りかかったらお兄ちゃんが焼き芋買ってるところが見えたから待ってようかな、と思って。で、いくつ買ったの?」
「一つだよ」
「あ、嘘ついてるー」
「なんでそう思うんだよ」
「だって二個買ったの見たもん」
「ならなんで個数聞いたんだよ」
「二個あるから一つやるよ、って展開を期待してたの」
「さいですか」
「ね、お兄ちゃん、一個ちょーだい」
「い や だ」
「えー、ケチ」
「なんとでも言え」
「じゃあ、お兄ちゃんの好きな人が誰かここで大声で叫んでもいい?」
「おいやめろ。いや、やめてください焼き芋あげますから」
「それでよいのだ」
「はぁ…結構高いんだからな、これ。大事に食えよ。ほら」
俺は焼き芋を一つ、紗枝に手渡した。
「ありがとーお兄ちゃん。だーいすき!」
「人を脅しておいて……」
「なんか言った?」
「言ってないよ何も」
「あっそう。じゃ、いっただきまーす」
「じゃ、俺も食べるか」
しばし、無言になった。すごくおいしい。温かい焼き芋が美味い時期になったのか…秋なんだなぁ…
「おいしいね、お兄ちゃん」
「あぁ、そうだな」
おしまい。