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葬式

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 私は白い家に長い間住んでいた。そこから出ようと思わなかったし、周りのことは人がしてくれたので、不便はなかった。
 しかし、どうやらこの家を出なければならなくなったらしい。出るといっても、何もしない私に愛想を尽かして追い出されたわけではなく、少し出かけなければならなくなっただけだ。
 出かける理由は、葬式である。母方のじいさんがなくなったそうだ。孫である私も、当然葬式に出席せよとのことである。
 父や母が隠居をしている私に声をかけることはそうそうなかったし、こういう時くらいは実家に行くのもいいと考えた。
 私は数年ぶりに実家へ帰ることにした。
 久しぶりに外へ出ると、あいにくの雨である。激しくはないが、しとしとと降っている。空は真っ黒の雲ではなく、灰色の、中途半端な色合いの雲が覆っている。
 せっかく外へ出たのに、汚らしい灰色の雲が空を覆っていることが、私は不愉快だった。
 とはいっても、曇り空の色は不愉快だが、小雨は気持ちがよかった。空をみあげている私の頬に小雨が落ちてくる。気持ちのよい感触に、私の外出を喜ぶ天の声が聞こえた。
 実家はなにも変わっていないように見えた。葬式を身内だけで済ませると言っていたわりには、人がずいぶんと多いような気がした。
 黒服の人間たちがごちゃごちゃとしている。それらすべてが一様に、同じ顔で私を見つめている。私は今すぐにでも、帰りたくなった。
 父や母が何かと声をかけてきたような気もするが、あまり覚えていない。
 じいさんに線香をあげて、声をかけた。
「じいさん、僕はあなたが死んでいるとは思えない。あなたの死は、きっと一般的な死とは違うのだろう」
 返答はない。当然である。
 私は家のふすまや、ドア、窓の隙間が気になった。隙間からは、いくつもの目が私を見ていて、無数の存在が感じられた。存在は感じられたが、それが何かはまったくわからない。薄気味が悪かったので、片っ端から窓をしめた。
 窓をガサガサと閉めているうちに、さっき感じた存在は気のせいだと思うようになった。窓から無数の存在が私を見ているものか。なぜ私を見るのかもわからない。私を見てもどうにもならないではないか。
 むしろ私が奴らを見返してやろうと思い、窓を開けた。しかしそこにはなにもなかった。先ほどと同様の曇り空が広がっているばかりである。
 私は奴らに見られ、私は奴らを見ることができなかった。
 家には多くの人がいたが、中でもひときわ目立つ存在があった。目立つとは、私に目立っただけで、一般的には地味な分類であろう。そういう女がそこにいた。
 歳は二十代か三十代に見えたが、十代にも見えた。どのようにも、瞬きするたびに、違う存在に思えたのである。
 当然喪服であるから、全身黒づくめである。しかし、他の女性がつけているような、葬儀用の、真珠のネックレスであるとか、とにかくアクセサリーのたぐいはまったくつけていなかった。
 髪は短いとも長いとも言えない長さであった。
 格好はとにかく地味である。しかし、地味であるのにけっして、忘れることはできない。強い存在感を持っているのだと私は思った。
 しかし、突然気がついた。女が目立つ理由は内在する存在感からではなく、周りとの違和感である。
 この場所でこの女はまったく異質の存在に見えた。周りと境界線があるようにはっきりと違いが見て取れたのである。
 その世界との違和感が目立つ原因であろう。そのことに気がついているのは、きっと私だけで周りは何の違和感もなく過ごしているのだろう。
 そのように考え事をしていると、女の姿を見失ってしまった。すぐそこにいると思ったのに、いつの間にかいなくなってしまった。
 私はそのことを許容した。これはそのようなものである。もとより、それと話ができるとは思っていない。今のままでは。
 私は葬式が終わったら、どこか別のところに行こうと思った。
 白い家にいたころは考えたこともなかったことである。
 駅へ行ってどこかへ行こう。
 
作品名:葬式 作家名:JA