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夢の運び人9

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夢の運び人は今日も人間に夢を運ぶ。その夢が良い夢なのか、悪い夢なのかは人間に選ぶ権利はない。
 夢の運び人は寝ている男性を見下ろしていた。歳は十代後半だろう。まだ男性と言うには相応しくない、幼さの残る凛々しい顔立ちである。
 六畳程の綺麗な部屋には、ぬいぐるみが所々に飾られて、机は明るい水色。その上に口紅やらマスカラやらが無造作に置かれている。
 夢の運び人は珍しそうにそれらを見て雑誌に気がついた。あるページに付箋が貼ってある。そこには見惚れる程の美しい女性が歌っている姿があった。
 夢の運び人は、すやすや眠っている男性の頭に夢を入れた――

――私は女だ。今鏡に映っている私はどこからどうみても女だ。
 可愛い服、折れてしまいそうなか細い足と手。やや膨らんだ胸に白い肌と小さい顔、整った眉の下には大きな目。
 私はついに夢を叶えた。正真正銘、女になったのだ。雑誌で見た憧れの歌手にそっくりだ。
 私は鏡に映った自らの顔に手を触れる。
 すると鏡は音もなく割れた。破片は吸い込まれるように地へと消える。
 割れた鏡の奥から歓声が聞こえた。鏡の中へ入るように一歩踏み出すと、そこはステージだった。私を見て一層大きく上がる歓声。広い空間に人々がぎっしりと押し込められている。私を照らすネオンライトが、ステージの中心に置かれたマイクを私に持たせた。
 私の好きな歌手の音楽が鳴り響く。
 私はマイクを握り直して、歌った。
 ステージの両側の巨大なスピーカーから私の声が響く。声も憧れの歌手にそっくりで、踊り方も手の振り方も彼女その者だ。
 感動に浸っていた私は、いつの間にか観客席にいた。
 観客席から観る彼女は私の憧れる彼女であって、私ではなかった。
 私は確かに彼女に憧れていたけれど、彼女になる事はない。
 私は、私なのだ――

 夢の運び人は起きた男性を見ていた。
 男性はベッドを降りて、部屋の等身大の鏡の前に立つ。
 いつもと変わらぬ自分の姿を見て、がっかりしたような、しかしどこか満足したような、複雑な微笑みを見せた。
 夢の運び人はそんな男性の姿を見てそっと消えていく。
 後に、男性が夢のステージに立つのは数年先だった。その時、男性なのか女性なのか定かではない。
 夢の運び人は今日も人間に夢を運ぶ。その夢が良い夢なのか、悪い夢なのかは人間に選ぶ権利はない。
作品名:夢の運び人9 作家名:うみしお