ザ・ジ・ズ・ゼ・ゾ~
湿気の多い赤土を、最期の力を振り絞って掘り進む。スコップが、これほど重いものだったとは、妙な実感が沸いている。鍛えてきた体も、役に立たなかったか。
そばで、のんきに座っている相棒は、私に力を貸そうともしない。ゆるやかな夜風に身を任せ、ゆらりゆらりと上半身を動かしている。
覚悟をしていたとは言うものの……軽く、私は舌打ちをした。作業は一人で行うしかあるまい。それが、この相棒のためであるにもかかわらず。
満月の光を背中に浴びながら、スコップの先を、枯葉をかきわけて突き刺していく。
ズズッ! ズズッ!
地表で自由を得て寝ていた小枝が、滑るように左右に広がっていく。鋭い、茶褐色の牙を見せる枝もある。
突如、その中の一本が、どうしたはずみか、勢いよく飛び跳ねて、私の足元に襲いかかってきた。
危ない――本能的に、すばやくジャンプしてよけたため、当たることはなかった。我ながら、実に機敏によけたものだ。疲労を感じながらも、肉体は軽やかに感じられる。まるで急激なダイエットをしたかのようだ。
しかし、その反面、全身の皮膚は、奥底まで冷え切っている。また、干上がったかのように、運動しているにもかかわらず、汗一つ垂れ落ちようとしない。
病気か……いや、そんなはずはない。
急がなければならない。
夜明け前まで時間がまだあるものの、相棒の願いをかなえてあげるのが、私にできる精一杯のことに他ならない。本来ならば、目的地まで連れて行ってあげたいところだが、私は車の運転ができない。仮にできたところで、相棒の車は故障して動かない状態になっている。この場所に、タクシーが通りかかる可能性は薄い。携帯電話も故障してしまった。
底冷えのする今夜、朝まで、暖房のない、深い山中で待ち続けることはできない。
力の限り、重い穴掘り道具を、地球に突き刺し、その形を変えていく。穴の深さに比例して、私の疲労度も深く突き進んでいく。予定の深度まで、進めそうにない。
ゼイッ! ゼイッ!
白い息が、激しく口元から吐き出されてくる。この時点でも、相棒は何も手伝おうとはしない。恨めしげに、私は相棒の横顔をにらみつけた。しかし彼は、私の苦悩など、どこ吹く風とばかりに、涼しげに両脚を、深くなりつつある穴にだらりと垂らしたままであった。
もう無理だと、私が疲れきった頭を穴の底に向けた時であった。
じわじわっと、底から水蒸気が、かすかな音とともに噴き出し始める。最初は、音だけだった。次には、空気の固まりだった。そして、どくどくっとはっきりした音が響き始め、熱を帯びた水が湧き出してきたのであった。
やったぞ!
喜びのあまり、私は手にしていたスコップを、高く放り投げた。その道具が、不規則に回転しながら、相棒のそばに転がり落ちた。鈍く、土に響いたものの、相棒は相好を崩すことなく、相変わらず飄々としていた。
やれやれ、少しは喜びを分かち合ってほしいものだが……仕方あるまい。
準備が整うまで、待つことにしようか。
穴の中に、私は相棒と共に並んでいる。二人とも、肩までお湯につかっている。ほっと一息つきながら、私は月が輝く目の前の山頂に視線を向けていた。
あの山を越えていけば、有名な温泉地があり、このような苦労をしなくても、暖かくきれいなお湯につかることができる……ことは承知していた。しかし、そこまで、相棒を連れて行く体力も手段も、私には残されていなかった。
隣の相棒は、急造の浅い温泉に、こうして入っていてどう感じているのだろうか。その目を安らかに閉じたままであり、何も語ろうとしないため、何とも判断しようがない。
温泉に行く途中に事故に会い、さぞや心残りであったことだろう。せめてものことと考え、可能な限り、温泉地の近くで穴を掘ってみたが……温度も生ぬるく、観光地の気分に程遠い。しかし、私もこんなことがなければ、温泉を掘ってみようとは考えもしなかった。不思議な力が備わったのであろうか、お湯が比較的浅く出る場所を感じることが初めてできた。宝探しを趣味としていたため、大破した車のトランクに、スコップが乗っていたのも幸いであった。
ゾゾッ! ゾゾッ!
ぬるいお湯に、体の震えを抑えることはできそうもない。もはや、風邪をひくことがないのは救いであるが。しかし、あまり満足のいく温泉ではない、我ながら。
それにしても、霊魂になると、発揮できる肉体的な力は限られてくるものだ。
一生懸命行った結果に、満足してくれただろうか、相棒は?
穏やかな表情のまま、死後硬直のとけた相棒――我が生前の肉体――は、がくんと首を大きく縦に振った。
作品名:ザ・ジ・ズ・ゼ・ゾ~ 作家名:TAKARA 未来