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夢の運び人7

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 夢の運び人は今日も人間に夢を運ぶ。その夢が良い夢なのか、悪い夢なのかは人間に選ぶ権利はない。
 死を待つだけの人間を夢の運び人は恐れていた。
 生きている時間をいつか来る死の為に費やし、まるで死ぬ事が目的であったかのように人生を消費する。
 夢の運び人はそれが恐かった。しかし一方で、興味もあった。
 死を間近に控えた人間が一体どんな夢を見るのか。それは、夢を運ぶ仕事をしている運び人の拭えない疑問でもある。
 夢の運び人はある男を訪れて夢を覗いた――

――俺はテレビを見ていた。安いアパートで部屋に籠りチャンネルを変える。
 あるチャンネルでぴたり、と手が止まった。画面には俺の赤ん坊の頃が映っている。今は亡き両親が撮影してくれたテープだろう。
 赤ん坊の頃の記憶はない。覚えている人間なんていないと思う。
 次は小学生だった頃だ。虚ろに覚えている。軽い気持ちで十円くらいのお菓子を万引きしたのは特に色濃く覚えているようで、当時の目の映像が画面に映っている。
 今度は中学生だ。その頃はやや覚えている。勉強なんて二の次で、友達と悪振って遊んだ。
 俺の目の映像は高校生の頃を映す。結構覚えている。クラスの好きな女の子に告白して振られた事もしっかり覚えている。
 それから二十歳までの映像は、覚えているかどうかの話ではない。適当な大学に行って、高校の延長のような事をしていた。成績は思うように伸びず退学して、仕事を探した。
 そして俺は新聞配達の仕事をした。何となく続けて今年二十一歳になる。
 俺はテレビを消した。これ以上、惨めな自分を見たくなかったのもあるが、そろそろ新聞配達の時間だ。
 俺はアパートを出て、カゴにどっさりと新聞が積まれた自転車に乗る。
 いつもの風景を走っていたはずなのに、今はそうでない気がした。
 誰もいない道を適当に新聞を配って廻り、俺はあの家に着いた。
 いつもこの家だけは嫌で仕方がなかった。周りの家とは明らかに雰囲気が違うからだ。古い外見に錆びた車庫。庭には雑草が元気に育っている。
 早い所終わらせてしまおう、と新聞を一つ持って玄関前のポストに入れようとした。
 しかし入らない。何かが詰まっているようだ。
 仕方なく玄関前に置く。すると扉の隙間を見つけてしまった。鍵が開いている。
 俺は何を思ったのか扉を開けた。不気味な館につい入ってしまう映画の主人公のような心境だ。
 玄関には靴が三足ある。大きな革靴にハイヒール、そして小さな運動靴だった。
 家の中は、外見とは相反して綺麗だ。短い廊下に扉が右に一つと左に一つ。そして奥に一つ。俺は奥の扉に目を付ける。その扉だけ他の扉とは違う気がするのだ。
 俺は奥の扉に手を掛けて、開いた。
 リビングのようだった。中々大きな付けっぱなしのテレビが部屋の角に斜めに設置されている。机の上には食べさしのお菓子。そして、机に頭を伏せて屈伏する少年が一人。
 俺はその小さな背中に違和感を覚えてた。少年に近づいて肩を揺らしてみる。
 すると、大した力も入れていないのに少年の体が倒れた。
 瞬間、綺麗だった部屋が暗くなる。壁に血が飛び散る。家具が音もなく倒れる。まるで誰かに荒らされているように。
 俺は、血が飛び散り家具が独りでに倒れていく様に目を奪われて恐怖を感じていたが、動く事が出来ずただ立ち尽くしてした。
 次に俺は頭を抱える事になる。それはこの世の物とは思えない程の女性の叫びによる物だった。
 頭を抱えた俺の足に何かが当たる。足元を見ると、中年女性の首が俺を見ていた。目を見開き、開いた口からは血が垂れている。
 俺は叫びたくなる衝動を抑えてすぐに目を反らした。
「野郎、ぶっ殺してやる!」
 そんな大声が背後から聞こえて俺は振り返った。
 目の前に中年男性が、見たことのない怒りの形相で俺の胸ぐらを掴んだ。すぐに警察が入って来て、俺と中年男性を引き離す。
 警察は俺の手に手錠を掛けた。
 待ってくれ、俺じゃない! 俺は何もしていない! 頼む話を聞いてくれ! 違うんだ!
 必死の叫びは誰にも届かず、俺は――

――夢の運び人は、男の夢を覗くのを止めた。耐えられなかったのだ。
「起きろ。時間だ」
 灰色の狭い空間に野太い警官の声が響いて、やや放心状態だった運び人は、はっとした。
 眠っていた男は目を覚まして、手錠の音を鳴らしながら、ふらりと立ち上がる。
「人生最後の一日を寝て過ごすとはな。死刑台に行く前にいい夢は見れたか?」
 男を閉じ込めていた鉄格子の扉の鍵を開けながら警官が呆れたように言う。
「――あれが、走馬灯ってやつなんだな」
 男は静かに言って開かれた鉄格子
を潜り、先導する警官の後を着いて行った。その諦めたような顔が、男を見送る夢の運び人の頭にいつまでも残っていた。
作品名:夢の運び人7 作家名:うみしお