『ある家族の日常』
給与明細を握りしめている夫の後ろ姿を見た。
またお給料下がったのね…
もうあんたを見てりゃ言わなくても分かるわよ、リストラまで秒読みの窓際族だってことくらい
本当にこの結婚ははずれだった
昔はそりゃ、かっこいいと思ったことだってあったわよ
タイムマシンがあるならあの頃に戻って自分をぶん殴ってやりたいわ、目を覚ませ!って
もう私もすっかり年をとって、心も体も弛みきったおばさんになっちゃった
離婚なんてしても食いっぱぐれるだけだからあんたと一緒にいるだけよ
ああ、さっさと死んでくれたらいいのに
肉じゃがの味付け濃いめにしとこうかしら…
リビングのソファで背伸びをしながら、娘の一美は母親を一瞥しすぐに視線をTVに戻した。
お母さん最近ほんっとに太った
最近お腹が出っ張りすぎてゴムのスカートしか穿けなくなってるじゃない、隠したって分かるんだから
私はあんな風にはなりたくない
彼氏の順くんはスリムな和美が好きって言ってくれてるの
頑張って痩せなきゃ嫌われちゃう
ああ、あんなに肉じゃがに砂糖入れたらだめだめ
今日はご飯食べるの止めとこっと…
ソファの足元で寝転びながら、ジョンは潤んだ瞳で和美を見つめた。
和美さん、そんなにお母さんを見つめて
僕は分かってますよ、この間の試験の結果を言おうか悩んでるんでしょう
この間の散歩の時、僕だけに内緒だよって教えてくれましたものね
ええ、言ってませんとも、男に二言はありません
ところで今日の散歩はまだでしょうか、ここ数日なにかと理由をつけては散歩に行ってくれないではありませんか…
そんなにつれないとテストの隠し場所お母さんに言っちゃいますよ、いいんですか
ねぇねぇ、和美さん…
猫のミケは尻尾を優雅に左右に振りつつ、箪笥の上からジョンを見下ろしていた。
全く犬ってのは飼い主さんのことがそんなに大切なのかしら
和美なんてとんだアバズレよ、この間公園であんなことやこんなことしてるの見てたのよ私
ああ汚らわしい、そんな手でジョンに触れないでちょうだい
ジョンもジョンよ、ここにそんな女よりもっと魅力的な女性がいるじゃないのさ
こっち向きなさいよ…
なにやら背後に視線を感じて、夫の雄介は慌てて手に持った給与明細をポケットに突っ込んだ。
な、なんだ、まだばれてないよな
また給料が下がったとか言ったら、俺の小遣い減らされちまう
男ってのはいろいろ付き合いがあってだな、キャバクラとかにも行かなくちゃいかんのだ
な、なんだ、そんなに見つめて
麗奈ちゃんと遊んだことばれたのかな
あれは出来心なんだ、魔がさしたんだ
すまん、ほんとすまん
もうしないからそんな目で俺を見ないでくれ…
3人と2匹は
同時に深い溜め息をついた…