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俺はネコ以下か!

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『俺はネコ以下か!』

彼は優秀な四十代の営業であるが、仕事の付き合いで毎晩帰宅が遅い。ときたま午前様になることもある。妻も同じように働いている。たまに帰りが遅くなることもあるが、だからといって夫のように午前様になることはまずない。

 二人は友人を介して知り合い結ばれた。
 妻は控え目で美しい。細身ではあったか、美しいボディラインをしていた。そのうえ天使のような美しい声の持ち主であった。彼が惹かれたのは、その美しい声だった。あまり感情をあらわにしない。慎重なものの言い方で、そのさり気ない言葉の中に時折棘があったが、結婚前はそれも愛嬌だと思ってさほど気にはしなかった。喧嘩をしても、一方的に黙りこむことが多かった。趣味はガーデニングや手芸である。

 結婚した当初、帰宅の遅い彼に対して妻は「遅い」と不満をぶつけた。寂しいと涙ぐんだこともあった。彼は子供でもいれば妻も寂しくないだろうと頑張ったが、なかなか子供ができなかった。
 結婚して五年目のことだろうか、なぜ子供ができないのか、妻は病院に行こうと言ったが、彼は断った。
「あなたの体に問題はないの?」
「俺は普通だよ」
「まさか、どこかで浮気していることはないでしょうね?」と毒づいた。
 この頃から、彼女の言葉に含まれる棘に心が傷つけられるようになったのは。それも寂しさゆえと我慢した。いずれ子供ができると思ったので、子供ができるまで辛抱すればよいと思っていた。子供ができるまで、寂しさを紛らわすために、猫を買って与えた。彼自身、猫はあまり好きではなかったが、妻は大の猫好きだったのである。
「嬉しい。この子猫、子供だと思って育てるわ。だって、旦那が子供を作ってくれないから」と微笑みながら言った。一瞬憎たらしいと思ったが、これも愛嬌として言い聞かせた。

 妻は一人の晩酌も覚えた。彼が帰ってくると、赤ら顔でお茶を出し、そして猫の方へ行く。
 抱き寄せた猫の背中を撫でながら一人、こう話し出す。
「いいわね、旦那は自由で。奥さんがどんな寂しい思いで待っているか知らずに、こんな時間までどこで何をしているんでしょうね。まさか、どこかで良い人がいるのかしら? それとも独身貴族だと思って夜の街を遊び歩いているのかしら?」
 彼は慌てて、「いやあ、仕事だよ。仕事!」と弁解した。
 妻は振り向きもせず、「あなたと話しているんじゃないの。猫ちゃんとお話をしているのよ! 邪魔しないでよ!」
 猫との会話が延々と続いていくのだが、内容は辛辣だ。そこに結婚当初はあった、夫を気づかう配慮はどこにもない。さらに猫が『ニャー』とあたかも相槌を打つかのように鳴くのを聞いて、思わず殴りつけてやりたい衝動にかられるが、ぐっと抑える。
「もともとこの結婚は乗り気じゃなかったのよね」と妻がダメ押しをする。
 
 もう食事の中身も勝手に決め手しまう。つまりいかなる時も旦那の意見が通ることはないし、第一、相談さえされない。
 こんなことがあった。
 珍しく早く帰ったとき、妻が珍しく優しい声で、「ごはんよ」
 彼が心の中で珍しいこともあるものだと思いながら台所に行くと、妻が怪訝そうな顔で見た。そして、妻が手にしていたのは猫の食器であった!
 彼は思わず「俺の飯はどうした?」
「みれば分かるでしょ」と平然という。
彼は思わず、「俺はネコ以下か!」と絶叫した。
 
彼は結婚生活を続けるかどうか悩んでいる。作家のオスカー・ワイルドによれば、「男と女の間には、情熱、敵意、崇拝、恋愛はあるが、しかし友情はない」と。つまり、愛情が消えれば、敵意があるだけである友。友情や同情を求めてはいけないのだが、彼はいまだにそのことに気づいていない。


作品名:俺はネコ以下か! 作家名:楡井英夫