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サルバドール
サルバドール
novelistID. 32508
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いつか見た風景・第6章

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もしもし、と言うと、スピーカーから遠慮深げな声が返ってきた。

「さっきは本当にごめんなさいね」
「いいんだ。それより、由香は寝たのか?」
「ええ。今やっと寝かしつけたところ」
「そうか。そう言えば、話があるって言ってたな」
「そのことなんだけどね。荷物は、もう、そちらに届いているかしら?」
「荷物?」
「今日あたりに届くはずなんだけど」
「もしかして」

浦澤は背広から小さな紙切れを抜いて、テーブルの上に置いた。郵便受けに入っていた宅配便の不在票だ。

「宅配の不在票があった。あれは君だったのか?」
「じゃあ、まだ届いてないってことね」
「……何を送ったんだ?」

一瞬、返事を濁してから、加奈子は答えた。

「たっくんの遺品よ」

浦澤は眉根を寄せて、テーブルの上の不在票を眺めた。

「どうして、そんなものを今更?」
「……あなたにどうしても受け取って欲しかったから」
「待ってくれよ。そんなものをいきなり送りつけられても」
「こうするのが一番だと思ったの」

加奈子は浦澤の返事を遮るように言った。

「私ね、この家を出て行こうと思っているの」

浦澤は立ち上がって窓辺まで歩いていった。カーテンを指で押し広げ、窓外に目をやる。

「そうか……」
「驚かないのね」
「君が決めたことだ。止める理由はない」

外ではまだ雨が降り続いている。雨粒の弾ける音が増幅されて耳に届く。

「由香も連れて行くのか?」
「ええ、そのつもり」
「お義母さんの家に?」
「そうよ。あのまま、あちらに移り住もうかと思って」
「由香は連れて行けても、あいつまでは連れて行けない、ということか」
「あの子の思い出を背負って生きられるほど、私は強くないわ」
「それは俺だって同じだよ」

浦澤は窓ガラスの表面を指でなぞっていった。指の腹に冷たい感触が伝わる。

「あいつの遺品なんか送りつけられて、俺が傷つかないとでも思ったのか?」
「確かに無神経だったかもしれないわ。でも、こうするのが、あなたの為にも、あの子の為にもなると思ったの」
「卓也の、為?」
「だって、あの子はあなたに一番懐いていたから」
「そんなことはない」
「あの子の眼にはあなたしか居なかったわ」
「それは君の思い込みだよ」
「いいえ、思い込みなんかじゃない」
「加奈子……」

浦澤はカーテンを閉めた。

「君は、まだ自分のことを責めているのか?」

電話の向こうが重い沈黙に包まれる。浦澤は汗で濡れた手で携帯を握り締めた。

「……君が苦しむことはない。責められるべきなのは、責められるべきなのは俺なんだ」

浦澤の声はスピーカーの中へ虚しく吸い込まれていくだけだ。

「君じゃない。俺だ。あいつを殺したのは俺だ。何もできなかった。目の前にいたのに、俺は何もできなかったんだ」
「その話は……」

加奈子が沈黙を破った。

「……その話はしないでって言ったじゃない」

あまりの剣幕に浦澤は押し黙った。加奈子は声を落として言葉を継いだ。

「私はあなたのことを一度だって恨んだことはないわ」

加奈子の声が震えるのが電話越しに伝わってくる。

「私、耐えられないの。この家にはあの子の匂いが染みついている。ここにいると、私は壊れてしまいそうなの」
「加奈子……」
「ごめんなさい、ごめんなさい」

そう言い残して、加奈子は電話を切った。浦澤は、携帯を耳に当てたまま、暫く窓辺に突っ立っていたが、洗面所の戸が開く音がしたので、すぐにその場から離れた。バスローブを巻いた明菜が湯気を立たせながらリビングに入ってきてソファに座り込んだ。手には冷蔵庫から勝手に取り出した缶ビールが握られている。明菜は、指を引っ掛けてプルリングを引っ張り、中から溢れ出た泡を慌てて舐めた。

「お風呂、空いたよ」
「ああ……」

浦澤は携帯を懐に仕舞うと、逃げるように洗面所へ向かった。