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表と裏の狭間には 十八話―家族旅行―

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「やっぱり秋は紅葉よね!」
というゆりの方針により、今年の修学旅行も、とある東北地方の山間の旅館に来ていた。

春は桜。
夏は海。
秋は椛。
冬は雪。
これが、ゆりにとっての『四季の象徴』らしい。
で、四季の象徴を楽しむのが、日本人ライフらしい。
去年もそうだったが、今年もゆりの方針で、東北の山間の旅館に宿泊している。
今年は、九人全員で、だ。
だから、修学旅行というよりは、家族旅行、みたいなものだ。

「やっぱり紅葉はいいわねー。」
東京駅から新幹線、地方路線、バスと乗り継いで山奥に踏み込んだあたりで、目の前に紅葉が広がった。
それはそれは見事な光景で、俺も見蕩れてしまった。
広大な山々が、色とりどりに染まっている。
空気までもが、紅い。
「綺麗だね、お兄ちゃん!」
「ああ。本当にゆりはこういうところを探すのが上手いな。」
「まあね。趣味よ、趣味。」
「まったく。去年はボクも置いてけぼり食らったからねぇ。」
「あれはあんたが他の友達と別の場所へ行ったんじゃないの。」
「まぁね。友達付き合いもあったからね。今年は全員で来れてよかったよ。」
「……確かに。今年は万全。」
「礼慈の言うとおりだよ。よかったよかった。」
「お姉様の念願が叶ったの。」
「ちょ、それどういう意味よ!?」
「ゆりの考えは皆お見通しっすよ。」
「はぁ!?」
バスの中だというのに、とても騒がしい。
やれやれだ。
でも、他に乗客もいないしね。
楽しそうでなによりだよ。
去年は、雫も来れなかったから、俺としても嬉しいし。

今回の旅館は、完全に和風だった。
広々とした屋敷のような構造だ。
そして、例によってゆりが予約した部屋は、大部屋だった。
十人くらいが泊まれるような大部屋だったのだ。
「今回は人数が多いから、荷物置きの部屋も用意したわ。こっちよ。」
案内された部屋は、二人用の小部屋だった。
「ここに荷物を置いておきなさい。貴重品とかは各自で持つように。最終日まで自由行動よ。なんかイベントの提案とかあったら大部屋に置いたメモ用紙に書き込んで置くように。食事の時間は厳守よ。以上解散!」

やはり、ゆりは朝昼晩の食事を全て会席料理にしていた。
食事の時間を決めることで、最低限の生活リズムを維持するということらしい。
一日目は、移動の疲れでずっと寝込んでいた。
それも、全員。
夏バテに移動の疲労が重なったのだ。
今年は殊更暑かったからな。
というわけで、今回は二日目から開始である。

二日目―紫苑SIDE―

「おはよー。」
「おう。」
「やぁ。」
俺が目を覚ますと、丁度雫と蓮華が目を覚ましたところだった。
いつもの癖で体を伸ばす。
「あー………。今何時だ?」
「七時五分前。」
「げっ!」
「お兄ちゃん!急いで急いで!」

朝食の席には、ゆりたちもいたが、特に話す事もなかったので、特に会話はなかった。
というか、それぞれがいつものグループに分かれて話していた。

朝食を終えると、雫が旅館の中を探検したいと言い出したので、俺と、雫と、レンの三人で旅館の中を回ることになった。
この旅館は、客室が片側に集中している。
客室の窓からは、向かいの山が望め、見事な紅葉が眩しい。
では、反対側はと言うと………。
廊下の窓からは、向かいの山との間にある谷が見下ろせるのだ。
斜面にはやはり紅葉が広がり、谷底には、川が流れている。
谷といってもそこまで深いものではなく、山中に出来た溝という感じが近い。
窓を開けると、川の爽やかな水音が聞こえてくる。
緩やかな風が吹き、紅葉が風に揺られてさわさわと鳴る。
そして、風に乗り真紅の葉が舞い散り、谷川へと舞い落ちる。
川の水に光が反射してキラキラと煌き、更に風に舞う紅葉が蒼と白の中に紅を混ぜ、見事なコントラストを実現する。
そして、水の流れる音と、風の吹く音と、葉の梢が共鳴する。
これ以上ないくらいに、美しい。
「綺麗………。」
雫がトリップしてしまっている。
「紫苑、あそこまで下りれるみたいだよ?」
レンが指差した方向には、階段らしきものがあった。
なるほど。あそこから谷川まで降りていくのか。
「よし。行ってみるか。」

旅館の人に聞くと、ここは裏の谷川で釣りをする客が多く、そういう客のための通用門があるらしい。
その通用門から出て、道なりに谷を下っていく。
水音は大きくなり、美しい光景が広がっていく。
そして、川原まで降りてきた。
「本当に綺麗!すごーい!お兄ちゃん!見て見て!」
「見てるよ。本当にすごいな、レン。」
「そこでボクに振るのは男としてどうなんだろうね………。」
そんな会話をしながら、川を眺める。
川と、両側に立つ並木を。
川の水は、これ以上ないくらいに澄み切っている。
清流、と言うにふさわしい。
魚が泳いでいるのがはっきりと見える。
日の光にキラキラ反射する水の中を、これまた銀色に光りながら魚が泳いでいく。
パッと見では種類が分からないが、それでもかなりの数が泳いでいる。
「綺麗………。」
雫はまたしてもうっとりしている。
さっきからそればっかりだな。
「まぁ、雫ちゃんの気持ちも分かるだろ?」
「ああ、そりゃぁな。」
水は透明に輝き、紅葉は紅く舞う。
水の流れる心地よい音と、風の吹きぬける音、木々の梢に、魚が時々跳ねる音。
ここは、自然で満たされていた。
東京とは全然違う。
コンクリートの山々、有害物質で澱んだ風、常に濁っている空。
それが、東京だ。
対してここは、何もかもが美しい。
木々は生き生きと伸び、風は涼しく爽やか、空も青く澄んでいる。
「やっぱり田舎は空気がいいな。」
「そうだね。って雫ちゃん!?」
「うわお前なにやってんの!?」
レンが驚き、次いで俺が振り返ると。
「きゃっ!冷たい!でも気持ちいいよー!お兄ちゃんもおいでよー!」
水遊びですか………。
「ククッ。まぁ、面白そうだしいいじゃないか。たまには童心に返ることも必要だろ?」
「まぁ、いいか。」

風邪をひきかけました。
当然の帰結である。
東京はまだまだ暑いが、このような山奥では肌寒くなってきている。
更に、水はひんやりとしていて、確かに肌に心地いいが。
それを本気でかけあったら、そりゃ震えるわな。
俺たちは昼食を前に、温泉に浸かっていた。
いや、悪かった。語弊があった。
俺は、温泉に浸かっていた。
雫とレンも、女風呂で湯船に浸かっているはずである。
昼間だというのに、利用客はかなりいた。
ここは硫黄系の温泉らしい。
白濁した湯と、微妙な刺激臭が特徴的だ。
風呂には大きな窓があり、そこから向かいの山――綺麗な紅葉が望める。
そこから外に出ると露天風呂がある。
山の方向は解放されており、直接雄大な自然を望める。
したの方には川が流れており(さっきの谷川だ)、そこから聞こえる涼やかな水音が耳に心地いい。
左側は竹の仕切りがある。この向こうが女風呂の露天風呂だろう。
まぁ、どうせ俺がこのタイミングで露天風呂に出ることは読まれているだろうが。
こちらと同じくあちらにも人がいるだろうから、声を掛けてくるような事はしないだろう。

「疲れた………………。」
夕食後、時分の布団に寝転がった俺は、そんな事を溜息交じりに呟いていた。