深夜
深夜
高村寛之が高校で同級生だった吉川一樹の独り住まいの賃貸マンションを予告もなく訪れ、持参したウィスキーを二人で呑み始めたのは、午後十時前のことだった。吉川の住まいの間取りはバス、トイレの他二間だが、二人は吉川の希望通り彼の寝室で呑み始めた。翌日は土曜日で休日だが、高村は朝まで呑み続けるというような愚かな男ではなかった。
父親譲りの濃い眉が特徴の吉川は、高校を卒業してから急に背が伸び始めて毎年驚かされたのを、高村は思い出した。山男の吉川は、通常は山の話が多いのだが、今夜は主に海外へ出張した際の思い出話をしていた。話がニューヨークからギリシャに移ったかと思うと、いつの間にかロンドンに飛んでいたり、エジプトに移動していたりする。高村が吉川の話の中で殊に強く興味を覚えるのは、彼がイタリアやスイスでヨーロッパアルプスの姿を観たということなのだが、その晩はまだその話にはならなかった。
吉川とは反対に、高村は山には登らないのだが、山を眺めることを非常に好むのだった。その目的でわざわざ甲信越方面へ車を走らせたりすることが、年に数回はある程だ。本当はヨーロッパアルプスやカナディアンロッキー、そして最も魅力的なヒマラヤなどの山々を自分の眼で確認してみたいのだが、零細な町工場で働く彼にとって、それは夢のまた夢なのだった。