喰人鬼
しかし、3人の男に物怖じせずに北条は淡々とそう答えた。
「なっ!?」
矢草と橘までが同業者と言うだけでも鏡は驚いたが更にもう一組探偵が居ると聞き、目を見開く。
「3組か、」
「これは予想もしなかった展開ですね。」
「おいおい、本当に何があったよ、この館。」
ギィヤーーーーーーーーーーァ
「「「「!?」」」」
空気を劈くような悲鳴に、北条を除いた全員が驚く。
「あぁ、またか」
小さく、つぶやかれたその言葉を耳ざとく聴きつけた鏡が短く叫ぶように、彼女を問い詰める。
「あんた!北条さん、何ですか今の悲鳴は!?
しかし、その問いに彼女が答えるより先に、遮られる。」
「鏡、今はそれどころじゃない。……二階へ行くよ。」
こんな場面にしてはやけに落ち着いた様子で、時雨がそう諭したからだ。
その様子に、鏡は寒気を感じた。
なんと、時雨のその眼は冷静とは掛け離れたようにキラキラと輝きを放ち、先ほどまで青白かったその頬は興奮で朱に染まっていた。
まるで、最愛の人と久しぶりに会うかのように、嬉しそうな、楽しそうな表情を浮かべている。
「俺たちも行くよ、」
「おぅ。」
4人の男は急いで階段へ向かうが、北条は違った。慌しく階段を上る男たち16段ほど下の段をゆったりと、優雅に進む。
まるで興味が無いかのように、まるでなんら代わり映えの無いものに向けるような無関心さで歩くように階段を昇る。
「あかり!あかりぃ―――――!」
「だめだっ!やめろ、小春っ」
2階へ上がったとたんに、悲痛な叫び声が廊下を突き抜けた。
「春日ご夫婦ですか、」
一人の女性が“首の無い女性”を抱き起こそうとしているのか涙を零しながらもしゃがみ込んだ状態で両腕をそちらへ伸ばしているが、その肩と腰周りを男性の腕が抑えている所為でとどいては居ない。
その間にも、どくどくと死んでから間もないのか、心臓の鼓動に併せて血飛沫が、ホースから水を発射するかのように溢れ出て白い大理石の床を赤く染め上げている。
「っ!?あ、あなた達は」
足音に気づいた、女性と男性――春日夫婦がこちらを向く。
「お前達も探偵か?」
「えぇ。」
「そうです。」
「ねぇっ!北条さん!説明してよっ!この館に何がいるの!?」
後から遅れてきた女主人に小春は噛み付くような勢いで問い掛ける。その問いに、女主人北条は、
「鬼」
と、さして明快な答えを出すかのように呟いた。
「は、」
その言葉に、興奮やら毒気を殺がれたのか小春は気の抜けた声を出すが、北条はそんなこと気にした様子も無く念を押す様に告げた。
「鬼が棲みついております。」
その言葉に今度は、春日氏が噛み付く。
「なにをふざけたことをっ!鬼なんてそんなものが存在するわけがっ!」
「いえ、鬼は存在しております。そう、人を喰らう鬼が。」
「馬鹿馬鹿しい!」
「どういうことですか?」
「……この館に、この館に踏み込んだ客人は人喰い鬼に目玉を、目玉の部位でレンズと言われる場所を抉り抜かれて死ぬのです。そう、今回で―――あれ、何回目でしたか、何回目でしたっけ、失礼、忘れてしまって。あまりに、被害者が多くて多くて途中で数えるのも馬鹿らしくなってしまって……すみません。」
「そんなに、」
「はは、驚きを通り越して呆れるしかないね。」
「そんなになるまであんたは、何をしてたっ!?」
「いえね、出来る限り手は尽くしたんですよ?警備会社に頼んだり何名もの探偵さんを雇ったり……でも、全員喰られてしまいました。」
鏡がつぶやき、矢草が嘆息を吐き、橘が怒鳴る。そこで、時雨が最もな疑問を投げかける。
「何で、あなたは襲われないいのでしょうね?」
「それは・・・私の眼が普通じゃないからですよ。義眼なのです。数年前から。屋敷はだいたい感覚で歩けますが、敷地の外は見えないので歩けません。あの人に聞いていませんでしたか?」
衝撃の事実に客人たちは黙ることしかできなかった。
そして、夕方。
料理を淡々と作る女主人を全員で見張った後、大きな食堂の卓上を一人失われた状態で囲み(小春は部屋に居たかった様だが、それはあまりに危険だと言うことで夫の春日氏が止めた。)料理を食した後に何故か、全員が、安らかな眠りに着いていた。
なぜそんな事態になったのだろうか?全員が全員を監視している状態であったのにも関わらず
一番初めに、「眠気がする」と言い出したのは小春だった。しかし、誰もが彼女を疑わなかった。“仕方ない”大事な友人を目の前で喪ったばかりで精神的に参っているのだ。と、誰も気に掛けずにそのままにした。
何しろ、一人で部屋へ戻るのはあまりに無用心だったので春日氏が食事を終えるまでは、と待っているうちにコテンと首を傾けカタンと背を曲げドタンと上体を卓上に打ち付けた(余程眠りが深いのか、それでも目覚めることは無かった)が、派手な音を立てた割りに腫れひどい物ではなく出血もないので氷嚢を当てたままにしておいた。
次いで、橘がその隣に座っていた矢草の左肩にもたれるように倒れてしまう。だが、矢草いわく、前回の手こずった依頼から間髪あけずに今回の依頼へ移ったと言う事でそれなら“仕方ない”と大したお咎めも無く二人目が睡魔の手を取り眠りの世界へ向かった。
だが、そこからの記憶があやふやだ。何せ、ほぼ同時に全員が激しい眠気に襲われたのだから……
彼らは知らない。自分達が穏やかに眠っているこの間にも、何かが失われていることなど。いや、何となく予期していたものも居たかもしれない。なぜなら、先程の女主人の証言に嘘は一つもないのだから。
最初に目を覚ましたのは、矢草だった。
何とはなしに、周りの全員がいまだテーブルの上に覆いかぶさるように眠っているのを確認して、念のためにと、あかりの死体があった二階へ移動する。
「もし、俺の勘が確かなら……」
そう呟きつつも矢草は、死体のすぐそばで立ち止まり、その硬直が始まりつつある若い女の頭上を見上げる。
そこには、目立たないように塗装してあるが、空調の整備のための四角い穴のようなものがあった。普段は閉じているのだろうが、今は少しだけずれている。そして、それのすぐ近くに、何かを引っ掛けて、傷付けたような痕。
「ああ、やっぱり」
ほんの少しだけ、気づくか気づかないかくらいの微かな笑みを矢草は浮かべる。
勘が、あたったことを彼は確信した。
「犯行現場は、ここだ。」
そう、あの悲痛な絶叫は部屋の中にしては響きすぎていたのだ。しかし、まさか廊下で殺人が起こるなんて、もはや犯人の大胆すぎる行動にあきれるよりほかにない。