メ ユ
曖昧なものだと人は言うけれど
どうやってそこに辿りついたのか、今となってはまったくわからない。
ぼんやりしていたようにも、考え事をして歩いていたようにも思える。意識をどこかに飛ばしながら別のことをするのは私の悪い癖だ。
あたりはもう薄暗く、本当なら家へと向かっているような、そんな時間。じっとりとした空気が身体に纏わりつき、もうすぐ夏だというのに、それを感じさせない涼しさがココにはあった。
今にも黒に染まりそうな紺色と紫色のなんとも表現しがたい色合いの空が綺麗で、写真に収めたかった。でも、携帯の電池残量が赤く光っており、この状態ではカメラは使えないとしぶしぶ引き下がった。そんなことは覚えている。
今自分がどこにいるのかもわからず、なのに足は勝手に進む。見たことのある景色など1つもない初めての場所だというのに、私の足は迷うことなくスタスタと進んでいた。そのときの自分が何を考えていたのかわからない。でもどうせ適当な事だろう。
しばらく、止まる事のない歩みに身を任せると、碑石のような形に削れてしまっている歪な石垣の向こうに、長さが3mあるかどうかも不安になるような小さな木の柵が、「一応守ってます」というように謎の存在感を出していた。その向こうに一軒の家が建っている。一軒家というよりはまるで昔の幼稚園のような雰囲気で、どこか懐かしく温かい。
あたりはそろそろ夜を迎えようと黒く染まりつつある中、そこだけはなぜか妙に明るく感じる。特に表目立って灯りがあるわけでもないのに。
私の足はそこに向かっていた。さすがに焦ったが足が止まる様子はなく、自分の体の一部だというのに全く言う事を聞こうとしない。まるで精神と身体が分かれてしまったような感覚だ。それでもおもしろいなーと考えてしまう自分は色々とおかしいんだと思う。
どうしようか考えている間に、もう敷地内に入ってしまったみたいだ。みたいというのは柵が思いのほか短く、どこから敷地なのかがわからないから。それでも石の道が入り口へと続いているからここは敷地なのだろう。
近くまで来ると、窓から漏れ出す光によってキラキラと光るものが見えた。それは窓に飾られたガラス細工のようなものや、ろうそくのようなものに光が当たり反射したものだった。
ふと入り口を見るとそこには小さな木の板にMeyuと彫ってある。看板のようだが、まずどんな店(よくわからないので店にしておく)なのかもわからず、さらに遠目から見たら絶対に気づかないくらいの主張である。意味はあるのだろうか?
とても謎な場所だが、やはり私の足はその店に入ろうとしていた。
意味がわからない。
よくわからないままドアの扉の取っ手を握り、押し開く。カランという音が小さく響き、簡単に扉は開いてしまった。
その店の中はまるで木で出来たオモチャ箱のようだった。
壁棚に飾られているいろいろなものから、何故かあちこちに無造作に置いてある大小さまざまなぬいぐるみの数々。その空間に置かれた椅子やテーブルなとも、一見積み木のように見えてしまう。たくさんのものが色々な場所においてあるにも関わらず、その光景を“散らかっている”などとは全く思わなかった。逆にそこにあるのが当たり前のように、存在した。
そんな不思議な空間の中で、自分はいつの間にか口が弧を描いていた。久しぶりの高揚感。初めて海に行った時の様な、ワクワクとした気持ちが身体を満たしているかのような感覚だった。
そんな不思議な感覚に身をゆだねていると、不意に何かがこすれる音が聞こえた。思わずビクりと身体がこわばる。一瞬にして正気に戻る。冷や汗が一筋身体を流れた。
入ってきて何も言わずに突っ立っていた自分は不審者ではないだろうか?
何故だか人はいないものだと思い込んでいた。……灯りが付いていたのだから人がいるのは当然なはずなのに。なんにも考えていなかった自分はやっぱりどこかおかしい。
「…………」
「…………え?」
おそるおそる音のする方向へと振り向く。そこにはなぜか青年がオモチャに埋もれて、こちらを見つめていた。埋もれているというか挟まっているというか、普通とはかけ離れたサイズの積み木(この場合はテーブルになるんだろうか)とやはり大きすぎるサイズのくまのぬいぐるみの間に居た。身体の大半がぬいぐるみで見えないため上手く判断できないが、たぶん座っているんだと思う。
室内なのにフードを被った青年と、目が合う。吸い込まれそうな黒い瞳と見つめあい、奇妙な沈黙に支配されてしまった。落ち着かない雰囲気とはまたどこか違う独特な感覚。ココにきてから不思議な感覚ばかり体験している気がする。
「……客?」
沈黙を破ったのは彼のほうだった。ぽつりとつぶやかれたその言葉に、どう返事をしようか考えていると、やがて面倒になったのか、青年は適当に見てれば。といってぬいぐるみの後ろに埋もれてしまった。(実際に埋もれているのかはわからない。見た目的な判断である)
見ていていいとの許可が一応出たようなのでじっくりと周りを観察する。ノートやシャーペンなどの実用品から、なんに使うのかわからない微妙な大きさの壷など、ありとあらゆるものがおいてある。きちんと管理されているようで、埃を被っているようなものはひとつもない。一つ一つ、手に取って眺めて置いてを繰り返しながらぐるぐると店の中を進んでいく。
「おもしろいの?」
「え?」
声をかけられた。
突然のことに思わずどこから出したのかもわからないような声が出て、恥ずかしい。
そんなことを知ってか知らずか、青年はまた人形の後ろからこちらをのぞいている。その姿はなんだか飼い猫に似ていて若干だけど緊張がほぐれた。
「ねぇ、おもしろいのって聞いてんだけど」
「あぁ、うん。割と」
「へぇ」
会話終了である。青年はまた人形の裏へと帰っていった。
何がしたいのか全くわからない。軽く首をかしげると、また青年がひょっこりと首を覗かせた。さっきと違って目しか見えないが。
「なに?」
「え、ごめん」
「なんであやまんの。それよりあんたお客さん?なら……」
「葛!」
何か言いかけた青年の声を別の男の人の声が遮った。
声の方向に視線を向けると、店の奥――階段から急いで駆け下りてくる青年の姿があった。少し茶髪の、いまどきな青年。
こんなにファンシーな店なのに、店員さんは男しかいないんだろうか?
「お客さんが来たら呼べっていっただろーが!」
「うっせぇな。呼ぶ前にお前が来たんだろーが」
「お前のことだからどうせろくに接客もしてねーんだろ!?」
「あたりまえ」
「あのな、ちゃんとやんねーと俺がどやされんだって」
まったくもって蚊帳の外である。
突然やってきた青年(しかも結構なイケメンさんでした)がフードの青年を叱っているということはわかる。たぶん叱っている理由は八割がた自分のせいだって言う事も。だがしかし放置も結構困る。この状態のままにされると何をしていいのかわからず、身動きが取れなくなる。というか取れない。