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上田トモヨシ
上田トモヨシ
novelistID. 18525
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悪化しろ、地球温暖化!

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俺は未だかつてないほど困惑していた。
どれほどの困惑ぶりだったかと言うと、ネギではなくニラを背負ったカモとか、駅の自動改札で定期券と間違えて近所のスーパーのポイントカードを投入した遅刻三秒前のサラリーマンだとか、自宅の冷蔵庫で保管されていた麺つゆと麦茶を間違えて飲んで吹いた時くらい困惑していた。それは何故か。
理由は単純にして明解である。俺の目の前には、家族四人が揃って食事できるサイズのダイニングテーブルがある。両親が結婚する時、母が父にねだって購入した物らしい。重厚な濃い木目の質感は、さすがに俺と同じかそれ以上の年月をこの家で過ごしているだけあって、なかなか貫禄がある。だがしかし、問題はそこではない。俺が困惑するに至った最大の要因は、そこではなく、そのテーブルの上で所狭しとひしめき合う真っ赤なコイツらである。
注目すべきはリコピンとか言う、どこかのゲームでモンスターとして現れそうな抗酸化作用をウリにしている成分で、世の女性方の強い味方と専らの噂である。鮮やかな赤色がトレードマークで、同じ夏野菜たちの中でも食卓への登板率が圧倒的に高い。俺が生涯の敵と認め、瑞々しく張りつめた球体が憎たらしいアンチクショウ、トマトである。
俺はトマトが大嫌いだ。嫌いという言葉では足りないほど、それこそ親の仇のように嫌っている。もしも「トマト嫌い連盟」だとか「トマト撲滅運動」、「トマト討伐隊」などなどの秘密結社的な機関が存在するとしたら、是非とも参加を希望したい次第だ。
俺がトマトを嫌いになった切っ掛けが何であったのかは、今もって不明である。しかし、スーパーの生鮮食品コーナーで奴の姿を見かけようものなら思わず身構え、すぐさま脱兎のごとく逃げ出せる準備だけは欠かさない。トマトソースパスタなんて食えたものではないし、トマトサラダなんて拷問に等しく、ピッツァ・マルゲリータに至ってはもはや小麦を冒涜しているとしか思えない。
そんな俺の眼前には、嫌がらせを軽々と超越した量のトマト料理が雑然と、しかし赤一色という秩序の元に陳列されている。左から順に、トマトとエビの冷製パスタ、トマトジュレとベーコンサラダ。その隣りにはイタリア料理ではお馴染み、トマトとモッツアレラのカプレーゼ。下段へ突入。夏野菜のラタトゥイユに始まり、チキンステーキのサルサソース、トマトのおかかまぶし、トマト肉じゃが。そして最終列、プチトマトが某アニメ映画の巨大ダンゴ虫よろしく毒々しいトマトとベーコンのオープンオムレツ、その横にカフェの定番BLTサンド、そしてトマトジュース。デザートにはトマトとスイートバジルのシャーベットという、徹底した念の入れようには感心を通り越して恐怖を覚える。
それらすべてが高級ホテルや一流レストランで出されても何ら違和感を覚えないほどの完成度で、我が弟ながら天晴である。
そう、この拷問舞台を用意したのは何を隠そう、我が弟であり、テーブルを挟んだ向かい側で俺と相似形の顔に満面の笑みを浮かべている奴のことだ。

「どうぞ、召し上がれ」

兄弟ともに母親似で、世間一般にイケメンと評される相貌で、ご近所では眼福と名高い笑顔から吐き出された台詞は、法廷での死刑宣告に等しい。
この料理の中で一体どこを食えと言うのだ。俺にとっての可食部と思しき部分が、BLTサンドのトーストの焦げ目くらいしか見当たらんのはどういうことだ。

「早く食べないと冷めるよ」

促す弟を縋る目で見るが、猫のくしゃみほどの効果も得られない。本日日曜、昼過ぎに起床した俺を待ち構えていたのが、この残酷すぎる食卓だった。
何かイベント回避アイテムはないかと冷蔵庫および納戸や炊飯器の中まで虱潰しに探したが、起死回生アイテムは見当たらない。それどころか、家中の食料という食料がすべて消失している。その念の入れように戦慄した。逃げられない。
さらに弟は、調味料という標準装備すら持たない最弱な俺でも、一切の容赦をしない。

「これ全部食べるまで、家から出さないからね」

副音声で、「逃げたらどうなるか分かるよね」と暗黙的に釘を刺されてしまっては、弟の本気を知っている俺は迂闊に動けない。どうする。まさに八方塞、四面楚歌、前門の虎後門の龍といった具合で笑えない。本気で笑えない。
食卓に並ぶ料理は軽く見積もっても六人前はあるだろうか。あれ、おかしいな、悲しくなんかないのに涙が出てきた。
そして俺はふと、あることに気付く。俺がこんな仕打ちを受ける原因に、まったくもって心当たりがない。昨日は丸一日友人と遊び回って、始発に乗って帰宅したのは今朝方六時だ。その間、携帯のバッテリー切れのせいで弟とは連絡を取っていないし、俺がコソ泥のように帰宅した時分、弟はまだ安らかな寝息を立てていたはずだ。ならば何故、俺がこんな仕打ちを受ける必要があるというのか。冤罪だ横暴だと、過去の回想に勝機を見出した俺は捲し立てたわけだが、どうやらマリアナ海溝より深い墓穴を自ら掘った挙句、その墓穴に某義賊怪盗よろしくジャンピングダイブを決めたらしい。
弟は無言で、未だかつて見たこともないほど完璧な笑みとともに何処からかケチャップを取り出し、そのボトルを逆さまにして渾身の握力で握り潰した。何とも言えない濡れた音を立ててケチャップの集中砲火を浴びたのは、俺が唯一食えそうだと目していたBLTサンドのトースト部分である。
最後の砦が無残にも呆気なく破られたことを知り、茫然自失する。ぐうの音も出ない完全な敗北を喫した俺へと、弟が止めの一撃。

「これ全部残さず食べられたら、どうして僕が怒ってるかを教えてあげるよ」









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