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エゴイスト達のシグナル 1

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1.初恋は、激しく過酷で美しすぎました 前編



青春を飾る美しい想い出話は、年月が経てば経つほど心の中で精錬され、練りに練った捏造も加えられるという。

一般人でも結構凄いドリームができあがるらしいと聞き、是非実験したくなり、実際、会社の上司相手に忘年会の席で試した事がある。

酔った勢いを武器に、周囲にいた同僚も巻き込み、女四人で乗せまくって囲った部長を煽ったのだが、結果は『貴様、何処の昼メロドラマを引用しやがった!!』 というぐらい熱々で鬱陶しく、『そこまでやって、あんたの奥さん気がつかない訳ないでしょボケ!!』と突っ込みを入れたいが、無理やり飲み込まざるをえない程ありえない不倫話を、宴会終了まで喜々として語られ、ドン引きする羽目となった。

結論から言う。
想い出が美しいかどうかの判断は本人に任せるとして、捏造を加えまくるのは本当だ。


では話を戻し、……さて、ここで問題です。
自分自身に酔いまくってるストーカーが美しい過去を語る場合、一体どれだけ己にとって素晴らしい、捏造ストーリーが出来上がると思いますか?


★☆★☆★


去年の11月。

オングストロームは今期のシリーズで準優勝を獲得した。
留依が慧の紹介で日本にやってきてまだ10ヶ月、快挙と言える結果だろう。
だが、ニューリーダーの責任を無事果たし終えたとしても、現在チームは空中分解の危機に陥っていた。

レースは兎に角、莫大な金がかかる。

ヨーロッパにいた頃は、留依の実父がチームの筆頭スポンサーで。
湯水のように潤沢な資金が使え、何一つ不自由を感じず、ただ早く走る事だけを追い求める一レーサーでいられた。
けれど親の力を当てにせず、己の今の力だけでレースを頑張ると決めた。
恵まれすぎた環境も、名前も、過去の栄光も捨て来日したが、良いチームメイト達のお陰で実績だって出せた。
けれど、カリスマ的なリーダーだった加賀見慧と違い、藤宮留依は過去の成績もなく、やっと世に出たばかりの新人レーサー扱いで信用が無い。

ネームバリューの差は、スポンサー獲得に段違いの差が開いた。
加賀見が率いているチームだからと、今まで出資してくれていた企業がシーズン途中で去ってしまったのだ。

オフシーズン中に何としてでも、金払いの良い新たな出資者を捕まえねばならない。
でなければ資金繰りに躓いて、来期の途中でチームは活動できなくなるのだから。


「留依さぁーん♪ 今日ぐらいは何もかも忘れて、純粋にお祝いしましょう♪」


今期のレースが終わった祝賀の為、航河の古くからの友人が経営している彼行きつけの店…C-MOONを貸切りで騒ぐ事になった夜。

マスターを入れて成人過ぎの男が五人も揃った上、勝利の美酒が進んで酔いも回れば話題は必然的に女。それも過去お付き合いした人との艶話や、甘酸っぱくも忘れがたいチェリーを捨てた初体験話が出るのも当たり前。

極力過去を詮索されたくなかった留依は、際どいY談が繰り広げられているテーブルから離れ、こっそりカウンター席に移動した。
暫くの間は一人で祝杯を挙げていられたのだが、疾斗が「留依さんもここは一つ、【忘れられないイイ女】か【初恋の女】の話を、俺に熱ぅ~く、語っちゃってくださいよ~!!」と擦り寄ってきて。
丁度その時、自分が偶然手に持ち、飲んでいたお酒はグレッグだった。

グレッグは、シナモンやハーブや蜂蜜、それと好きなスパイスを加えて温めたホットワインで、ヨーロッパでは夜寝る前に好まれて飲まれる、人気のあるナイトキャップだ。

ただ、自分の場合少々赴きが違う。
これは愛しすぎる天使……アンジェが、10年前に作ってくれたのと全く同じレシピで作ったもの。
一口飲めば、いつも泣きたくなる程心温まり、幸せになれ、でも切なくなる。
だから唐突に疾斗に話題を振られた瞬間、ついつい、懐かしくて悲しすぎた想い出が胸に溢れて、口を滑らせる羽目になったのだ。



「……疾斗、………俺の初恋はね、あまりにも過酷で、地獄のような世界で育まれたんだ」
「……へ?…、何っすかそれ? あ、もしかして黒いラバースーツに鞭持ったドSな女王様に当たったんすか? 初体験でそりゃハードですねぇ、痛そ~!!」
「……、おい、俺はどんなM男だよ?……」
「だって留依さん、見るからに女に騙されやすそうで……、痛ぇ……!!」

馬鹿な事をほざいた駄犬の脳天に一発、拳を手加減なしで振り落とした後、もう一口熱々のグレッグを啜った。
シナモンが良く効いた赤ワインは、心に染み渡るように美味しく、苛立ちも直ぐに静まる。

「当時俺は誕生日を迎えたばかりの18で、彼女はたったの12歳……」
「えええ、留依さんって実はロリコン、……ぐぇっ!!」

一々喧しい男の口を封じるべく、弁慶の泣き所を思いっきり蹴れば、疾斗は椅子から転がり落ちて向う脛を両手で抱え、床をゴロゴロと転げまくった。
そんな彼の背に、迸った想い出話を、希望通りじっくり聞かせる為に口を開く。

「俺達が初めて出会ったのはね、テロリストが仕掛けようと細工していた爆弾の暴発で、瓦解し、出入り口も塞がり、閉じ込められたホテルの中だった」


途端、疾斗だけでなく、少し離れた席で歓談していた航河とカズと、ここのマスターのエドまでが、息を飲み、耳をダンボにしてピタリと口を噤んだ。


★☆★☆★


「……やはり、熱っぽいね。単なる風邪だといいのだけれど……」
父の大きな手の平が、おでこから離れていった。
「トゥーリ、無理をせずに君はもうここで寝ていなさい。後でお医者様に来ていただくし、殿下の結婚式はイシューと私でも十分だろう?」
「……すいません父上、ご迷惑おかけしました……」

お呼ばれされて何だが、正直、王族の披露宴は格式ばって鬱陶しい。
内心、出席せずに済んで嬉しかったけれど、父の手前ポーカーフェイスを貫いた。

熱も現在37度と8度の境界線をうろうろしており、後二~三日はゆっくり寝ていられそうな思いがけないお休みに、不謹慎ながらもちょっとだけほっぺが緩んだものだ。
兄のイシューは「トゥーリずるい!! 君は何の為にこの国に来たんだ!! ……父上、私もトゥーリが心配なので、ここに残って看病を……イテッ!!」と盛大に騒いで喚き、父に頭から拳骨を貰った上、ずるずると引き摺っていかれていた。

ここは小さいながら北欧でも観光で潤っている裕福な国で、今日はその三番目の王子の結婚式が執り行われる予定だった。
ベルナドッテ家は、欧州でも五指に入るぐらい強力な権力を握る財閥だ。
ドイツ貴族の血も引く其処の御曹司が18歳ともなれば、嫌でも社交界の付き合いが必要で、学校を休み、父に連れられ国賓扱いでこの街にやってきたトゥーリは、長旅とお付のSP軍団の大量の目、それから11月の寒い時期も災いし、すっかり体調を崩してしまったのだ。


賑やかな兄と父が、SPの群れに埋もれて外出すると、最上階のスイートルームは急に静かになった。

「……どうしたものか……」
一人布団を被って思うのは、将来の事。
カレッジに進学し卒業後、兄と共に父の事業を手伝うか、それとも幼い頃からの夢の通りにF1レーサーを目指すのか?