思い込み
『愛してるよ』
電話するたび言われる嘘に、私は身を委ねてる。
「ありがとう、私も愛してる」
そんな、嘘で固めた会話に、うんざりする。
「ばいばい」
楽しい会話、おいしい食事。
デートするたび重ねる時間に、私は心を委ねてる。
「月、綺麗だね」
「…お前のほうがな。…なんてな、ははっ」
そうやって笑う彼に、何だか引けて。
そのうち全て、無くなってしまいそう。
幸せなはずのこの時間、この形。
嬉しいはずの、言葉も、仕草も。
何だか胸を、締め付ける。
プルルル…。
突然鳴る、ケータイ。
光る、彼の名前。
「もしもし、どうかした?」
『…会いたい』
「…ん、わかった」
『今からそっち、行ってもいい?』
「うん、平気だよ」
『ありがとう』
プツリ、切れる通話。
切なげな、彼の声がリピートされる。
『…会いたい』
二人を包む、沈黙。
それを破るのは、いつも彼からだった。
「ごめん、こんな時間に」
「ううん、平気。眠れなかったし」
PM10:27
眠れなかったなんて、嘘。
「そっか…」
スーツ姿のあなたは、仕事終わりと一目でわかる。
「どうしたの?急に、会いたいなんて」
「いや、今日会社でさ、上司にこっ酷く叱られてさぁ…。分かんないけど、会いたくなって」
「そうなんだ。…お腹、減ってない?」
そうやって、立ちあがった。
「いや、大丈夫」
座ったままのあなたに、ぎゅっと足を抱かれる。
「どうした?」
笑いかけてみた。
「いかないでいいから、隣にいて…ください」
「なんだそりゃ」
苦笑を浮かべて、わかったよ、と一言。
腕が足から離れて、私は彼の隣へ、再び座る。
彼からは、女物の香水の匂いがした。
「ねぇ、上司って…女のひと?」
「え?何で?」
「だって、女物の香水の匂い、するから」
「えっ、まじ!?うわー、最悪…」
俺の上司さー、ねちっこいんだよー!なんて、彼は言う。
「もう、ほんと、嫌になるわ…」
ソファにもたれる彼の首が、うつらうつらと揺れる。
「眠い?」
彼の瞼がとろん、と、しているのが分かる。
「ん、ちょい眠~…」
そう言って、彼は私の肩に頭を乗っける。
「もう、寝るなら布団で寝なさい」
私がそう言うと、彼はこっちを向いた。
「わかった、じゃあ…」
ひょい、と、彼が私を持ち上げた。
「一緒♪」
「ちょ、ちょっと!?」
そのままベットに運ばれる。
すごく、すごく優しく、ベットの上に私を下ろした。
「び、びっくりしたー…」
ベットの上で胸をなでおろすと、彼――智(さとる)――が上に被さってきた。
ぽす、と、ベットに手をつく智。
「理子さぁ、勘違いしてない?」
智は、ぐいっと顔を近づけ、そのまま私に、キスを一回。
「えっ…?」
考える間もなく、もう一度キスされる。
そしてそのまま、押し倒された。
「さ、智?」
名前を呼ぶのも、呼ばれるのも久しぶりな気がして。
私はずっと、戸惑っていた。
「ヘタな探り入れたって無駄。俺には理子だけだもん」
そう笑って、またキス。
今度は、今までとは違う、深いキス。
「んぁ…」
「わかった?」
コクリ、頷いた。
それから布団にもぐりこんで、私は智にくっついた。
智が泊って行くのも、一人じゃないベットも、久しぶりだった。
気づいていなかっただけ。
分かってなかっただけ。
目に見えないだけで、そこにはちゃんと「それ」がある。