『ドン・キホーテ』
ほぼ垂直にそそりたつ壁は天にも届くように高く、私を嘲笑っているかのようだ
じっと睨み付けていると心が折れそうになる
いや、しかし登らねばいけない
この上で私を待っている人がいるのだ
心細くて泣いているだろう、我が娘よ、きっと助けてやるからな
私は壁に手をかける
残る力の全てを振り絞り、壁に挑む
額からは汗がつたい、全身の筋肉が悲鳴をあげる
それでも登らなければ
我が娘…えーと…名前はなんだっけ…
まぁそんなことはどうでもいい、とにかく助けなければ
上を見上げると頂上は遥か先
待っていてくれ愛しの…えーと…
あれ、そういえば私に娘はいたんだろうか
いたはずだ、長い黒髪に切れ長の瞳
いや、それは妻だっけ…
刹那、足が滑り私は宙に放り出された
しまった気を抜いてしまった
思い切り地面に叩きつけられる
骨がきしむ音に私は呻き声を上げた
ああ、許してくれ娘よ…
私はここで力尽きる運命のようだ
私が死んだらここに墓標を…
ここの名前は…えーと…
景色が暗転する…
翌日の井戸端会議は昨日の事故の話題で持ちきりだった
「山田さん家のお爺ちゃん、すっかり呆けてたって話ね」
「骨折だけで無事でよかったわね」
「公園のフェンスを崖と勘違いしてよじ登って、落ちたんですって」
「娘を助けなきゃって大騒ぎしてたらしいわよ」
「そう、それってまるで…」