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河上かせいち
河上かせいち
novelistID. 32321
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二つのギターのためのカノン

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 部室に入って電気を点けるとまずは片隅にたたずむギターに歩み寄る。
 ギブソンの黒いギター。
 ボディ下の方に向かうにつれて茶色にグラデーションしている。
 夜が更ける瞬間の夕闇みたいな。
 その隣にある安っぽい黄色のヤマハを手に取った。
 コーン、コーンとハーモニクスを鳴らしてチューニングをしてから、ぱらぱらと適当にマイナーコードを鳴らす。
 G線上のアリアでも弾こうか。それとも一般的なところで贈る言葉でも練習した方がいいだろうか。
 何せもうすぐ卒業だ。
 もうすぐさよならなのだ。

 
 部室には誰もやって来ない。
 元々活動の盛んな部ではなかった。
 だけどわたしとあいつはよくここに入り浸っていた。
 ギターを最初に部室に持ち込んだのはわたしだった。
 家だと近所迷惑になってしまって、弾く場所がなかったから。
 河川敷とか道端でやればいいじゃん、とあいつは笑って言っていた。
 そんな青春臭いことこっぱずかしくてできないよ、とわたしは答えた。
 中学の頃なけなしのお小遣いで買ったヤマハの安物を弾くわたしを見て、あいつもギターを始めたいと言い出した。
 いつどこで買ったのかもわからない深い飴色のギブソンは、いつの間にかわたしのヤマハの隣に鎮座していた。
 あいつは弾いているところを見られるのを恥ずかしがるようで、わたしはあいつがギターを弾くところをほとんど見たことがない。
 一度、転校してしまう部員の送別会のときに、弾いているところを見た。
 コードをぎこちなく構えて、ピックを使わず指の腹で弱々しくストロークしていた。
 そんなあいつを否定するように、わたしは厚さ1mmの硬質のピックでがうんとギターを鳴らす。
 この歌はわたしもあいつも知っている歌だ。
 あいつの好きなバンドの曲を、わたしの好きなバンドがカバーした。
 そのつながりがなんだか嬉しくて、わたしはこの曲のコードを何度も弾いた。
 何度も何度も、力任せにピックを弦にぶつける。一番太い6弦がびよーん、びよーんと間抜けに響いた。
 何度弾いても、届かない。
 もう何も聞かせることはできない。 
 この確執が生まれてもうどのくらい経つだろう。
 きっかけは些細なことだったが、最後には決定的ものになった。
 わたしが悪かったのだ。
 気まずくなるだけだったなら、どれほどよかっただろう。
 わたしはあいつに忌み嫌われた。拒絶された。
 あいつはわたしの前で笑顔を見せることをやめた。
 わたしはあいつの前で空気になることに徹した。
 話をすることも、目を合わせることもなくなった。
 だけどそれももう終わり。
 もうさようならなのだ。
 がつん、がつん、放課後の夕闇に古びたギターの叫び声が響いた。


 翌日の放課後、同じように部室に来た。
 電気を点けて、部屋の片隅に目をやると、そこには、黄色いヤマハがひとりで座り込んでいた。
 その隣にあったギブソンはいなくなっていた。スタンドも、彼が使っていたコードブックもなくなっていた。
 そうか、もうすぐ卒業だから、持ち帰ったのか。
 わたしはヤマハを手に取った。
 ピックは持たず、指で弾き始めた。

 D-A-Bm-F♯m-G-D-G-A

 カノン。


 ゆっくりと、一弦ずつ丁寧につまびいていく。
 ストロークはできるのだが、大雑把な性格のわたしはアルペジオがどうも苦手で、どうしても違う弦に触れてしまう。
 恐る恐る、うずくまるように手元を見て気を配りながら、カノンを弾いていく。
 ギターを始めたばかりの頃を思い出す。
 こうやって、首をもたげて手元ばかり見ていたっけ。
 集中して周りが見えなくて、いつの間にかすぐ隣に人がいた、なんてこともしょっちゅうだったな。
 ふと顔を上げると、部室の入り口にあいつがいた。
「おつかれ」
 わたしはとっさにそう言い、すぐに目を逸らして、弾くのをやめた。
 あいつの背中には、ケースに入ったギターがくっついていた。
 あいつは何も言わず、がさがさと棚の辺りを片付け始めた。
 きっと置きっぱなしだった荷物を整理しに来たのだろう。
 わたしはギターを置いて、机の上にあった雑誌をわざとらしくめくった。
 彼が帰るのを待ちながら。
 しばらくして、彼は一言「おつかれ」と言って去って行った。
 わたしは見向きもしなかった。できなかった。
 こうやって、目も合わせないまま、ろくな会話もしないまま、こんな風に何気なくお別れは来るのだろう。
 何の感動もない。
 悲しくない。
 嬉しくない。
 好きだった。
 彼のことが。
 それを彼に伝えてしまったのが悪かった。
 だから全てのバランスが崩れて、こんな風になってしまったのだ。
 好きな人に好きだと表現することが、彼にあれほど迷惑をかけることになるだなんて。
 今はもう話すこともない。
 これから先ももうきっとない。
 一生さようなら。
 だけどそれだけだ。
 それ以上も以下もない。
 わたしは再びギターを取って、カノンを弾き始めた。

 D-A-Bm-F♯m

 あいつはこれからもギターを弾くだろうか。
 これから先ギターを弾く度に、わたしのことを思い出したりするのだろうか。

 G-D-G-A

 そんなの嫌だ。
 忘れてほしい。
 わたしのことなんて。
 わたしはギターのネックを引っ掴んで、思い切りぶん投げた。
「ぁあっあ」
 ガンゴンガゴンと大きな音を立てて、ギターは床にくるくると舞った。
 わたしはその場に座り込んだ。
 さようならだ。
 さようなら。
 心臓の嫌な鼓動に急かされるように、弦が飛んでボディにヒビが入ったギターをケースにそそくさと押し込んで背負って、部室の電気を消して、鍵をかけて、学校をあとにした。
 カノンを歌いながら、歩いた。

 たんたららんたららんたらららららら。

 河川敷を。ストリートを。

 たんたららんたらたららららららら。

 あいつがいたこの町を。
 あいつのギブソンの色のような夕闇の中を。
 歩いていった。
 悲しくない。
 悲しくなんかない。
 何も思わない。
 思わないんだ。
 だから泣いてなんかいない。






 ばいばい。