dear my michelle
10代の頃大好きだったロックスターが死んだ。
俺は震える手であいつの携帯に電話をかけた。
「はい、もしもし」
程なくしてあいつが出た。相変わらずのハスキーな声。あいつの声の向こう側からは、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
「愼太郎、久し振り。俺の結婚式以来じゃん」
「ああ・・・」
「どうした?」
「高岡、今日ニュースとか見た?知ってるか?」
「ニュース?何のニュース?」
俺はそのギタリストの死のことを話した。
高岡は黙っている。
後ろから赤ん坊の泣き声が響いてくる。
おそらく奥さんだろう。それに混じって女性のあやす声も聞こえてきた。
「ほんとか、それ・・・」
「ああ」
高岡は俺の高校時代の同級生だ。
バンドでギターをやっていて、そのギタリストを崇拝していた。
俺も高岡からそのギタリストがいたバンドのCDを借りて、よく聞いたものだった。
「いくつだったの?」
「まだ42歳だったらしい」
「42か・・・まだ若いのに・・・奥さんも子どももいるのにな・・・」
高岡はため息をついた。
「・・・なあ、高岡、俺ら今いくつだっけ」
「27歳だよ」
「そうか、そんなになるのか・・・高校生だったときから、ちょうど10年か・・・」
赤ん坊の泣き声が収まってきて、ふたりの沈黙が重くのしかかる。
「・・・高岡、俺さ、10代の頃、ロックンローラーになりたかったんだ」
「うん、知ってる」
「毎日つまんなくてさ、何しても虚しくて、放課後に河川敷に寝転がって、MDウォークマンでロック聴いてるときがいちばん楽しかった」
「うん」
「なんつーか、あれだな・・・普通のサラリーマンになって、毎日忙殺されて、俺のロック魂どこ行っちゃったんだって感じだよな」
「馬鹿、ロックは消えないよ」
「でもロックンローラーは死んだんだ」
「愼太郎、ちょっと待ってよ」
珍しく、あいつが少し怒ったようだった。
「どんなに年取っても、ハゲたむさいおっさんになっても、どうなっても、ロックは死なないよ。ロックンローラーがまだ若かった俺らの中にガツーンと残していったものは、ちょっとやそっとじゃ無くならない。そうだろ?」
俺は高校の頃のあいつとの話を思い出していた。
形に残せるロックンローラーが羨ましいと、俺は言った。
だけど高岡は、自分がどんなにギターをかき鳴らしても、この気持ちを形にできない。表現できないと。そう言っていた。
俺ならそこで虚しくなってやめてしまうところを、あいつはひたすらかき鳴らし続けた。
結果、あいつは地元で公務員になり、結婚し、子どももいる。
形になるものを残している。
俺は都会の一角に一人で住んで、毎日淡々と仕事をしている。
俺は何も変わっていない。
何も残していない。
10年経っても、虚しさを抱えたままだ。
その虚しさをぶち破ってくれたロックンローラーが死んだなんて。
「俺も42になったら死のうかな」
俺は半分冗談で言ってみた。高岡は黙ってしまった。
「・・・愼太郎」
高岡はため息混じりに言った。
「今度、地元帰ってきたら、飲み行こうな」
「ああ、いいな」
「約束だからな」
ハスキーな声の向こうから、奥さんの声と子どもの笑い声が聞こえてきた。
「・・・子ども、いくつだっけ」
「まだ10か月。可愛いぞーぷにぷにだぞー」
「大事にしろよ。奥さんも」
「もちろん。毎日3人でラブラブしてるから」
俺は笑った。
俺はあいつが羨ましい。10年来、ずっと。
あいつさえ幸せでいてくれたら、それだけで俺の中のロックはなくならない気がしていた。
なぜなら、この虚しさを埋めてくれていたのは、ロックと、他でもないあいつの存在だったから。
「愼太郎、愼太郎もさ、自分大事にしなよ」
電話を切る間際、高岡はそんなことを言っていた。
やっぱりあいつはロックンローラーだと思った。
電話を切ったあと、ハイネケンを買って来て、ベランダに出て、星も見えない都会の夜空を眺めながらひとりで飲んだ。
レスト・イン・ピース。
ロックンローラーに乾杯。
作品名:dear my michelle 作家名:河上かせいち