Just in my love
昼間だというのにどんよりと暗い。
何となくそんな予感はしていた。
食事の間も、会話は前までみたいにはずまなかった。
何度も来たお店の、賑やかさの中で、私たちだけが何となく重たい空気をまとっていた。
立ち上がる前、バッグを開けると、何をしようとしているか彼が察して
「今日は…いいよ。俺が払う」
彼が小さな声で制した。
「…誕生日でも記念日でもないのよ」
「……いいんだ」
「……そう…」
何となくそんな予感はしていた。
お店を出て、並んで歩いても、私たちの間に会話は殆どなかった。
今日の天気みたいなふたりだった。
抵抗するのはやめようと思っていた。何を言われても。
私のアパートが見える所まで来て、彼がやっと口を開いた。
他に好きな人ができた事。
でも、別に彼女と付き合う事になった訳ではない事。
むしろダメな可能性が高い事。
でもこのままだと、まるで滑り止めみたいに私をキープしておくから良くない、と思った事。
私を嫌いになった訳ではない事。
嫌いになってもならなくても、結果は同じなのに。
「…ごめん」
「……」
「本当に悪いと思ってる」
「…いいわ、もう」
「……」
「…そんな気がしてた」
「……」
「もう…行って…」
彼が私の顔を見る。
私は一歩彼から離れる。
雨が降ってきた。
そんな、どうしたらいいのかわからない顔しないで。
自分から別れを切り出したくせに。
「今日まで、ありがとう。あなたに会えてよかった」
そう言って私は…きっとダメだったと思うけど…精一杯の笑顔で手を振った。
泣かない。あなたの前では。
彼もつられるように、ゆっくり手を上げた。
そして
「……ごめん……ありがとう」
そう言うと、私に背を向けて歩き出した。
あなたの中の、最後の私は笑顔でいられたかな。
小さくなる背中を見送りながら、ゆっくりと手を下ろす。
もう、笑顔を作っているのは無理だった。
お願いだから振り返らないで。
こんな顔が最後だなんて、嫌だから。
降ってくる雨の量が少しずつ増える。
「………」
声にせずに、あなたの名前を呼ぶ。
もう、きっと二度と声に出して呼ぶ事のない名前を。
両手で自分の腕を抱える。
体が小さく震えているのがわかった。
何て正直な人なんだろう。
滑り止めでもいいから、このままにしておけば良かったのに。
もし彼女とダメだったら、知らんふりして私と付き合っていれば良かったのに。嫌いになったんじゃないのなら。
…そういうのができない人だから、好きだったのだ。
彼の正直な所を愛していた。
その正直さで、今日を迎えた。
空を見上げる。
グレーの空から雨が落ちてくる。
あなたに会えてよかったと、本当に心の底から思える日が来るだろうか。
心の中で、名前を叫んだ。
雨粒が目にしみた。思わず目を閉じる。
そして…両腕を抱えたまま、その場にしゃがみこんだ。
スカートの裾に雨がしみる。
「…っ……っく………」
体が震える。
永遠なんてないとは知っていた。
いくら愛し合っていても…確かなものなんてないのだ。
雨が私の背中を叩く。
このまま…雨と一緒にどこかに流れてしまえたらいいのに。
作品名:Just in my love 作家名:すのう