最後の一葉
「あっ、先生」
「おかげんは、いかがですか?」
少女の白すぎる肌が痛々しい。
「先生。先生からも言ってやってください。この子がバカなことを言い出して……」
「お父さんも先生も嘘をつかないで! 私は、もうすぐ死ぬんでしょう?」
「何を言い出すんだい? がんばれば、お正月には、お家に帰れるよ」
「ううん。私には分かるの。先生、ほら、窓の外に大きな銀杏の木があるでしょう」
病棟の最上階にあるこの個室は見晴らしが良い。病院の敷地内には、三本の大きな銀杏の木がある。その葉は、ほとんど枯れ落ちていた。
「あの一番上の枝に一枚だけ葉が残っているでしょう。あの葉が枯れ落ちた時、私も天に召されるの」
私たちは、その葉を見つめた。その瞬間、一陣の風が吹き去り、その葉を運び去った。
私たちは沈黙した。
「その隣の木の一番上の枝の葉が全部枯れ落ちた時、私も天に召されるの」
その枝には、まだ、数枚の葉が残っていた。
「立ち直りの早いお子さんですね」
「妻に似たんです」
私たちは、その枝を見つめた。その瞬間、突風が吹き、その枝を折ってしまった。
私たちは沈黙した。
「そのまた隣の木の葉が全部枯れ落ちた時、私も天に召されるの」
風下に位置するその木が、最も多くの葉を残していた。
「切り替えの早いお子さんですね」
「母に似たんです」
私たちは、その木を見つめた。その瞬間、雷がその木を直撃し、木は真っ二つに引き裂かれて大地に倒れた。
私たちは沈黙した。
「お父さん、私、死んだら、今度生まれてくるときは、恐竜になりたい」
「ごまかすのが上手なお子さんですね」
「叔父に似たんです」
「そして、地上に、はびこる腐れ外道どもを踏み潰し、臓物を食い千切って地獄に叩き落としてあげるの」
「何を弱気なことを言ってるんだ」
「弱気かなぁ」
「そうだ。元気の出るお話をしてあげよう。鶴と狐のお話だ。鶴は狐をもてなすために、ごちそうを用意した。しかし、以前に狐にいじわるされた鶴は、すべての料理を首の長い壺に入れてしまったんだ。そうすれば、くちばしのない狐は、ご馳走を食べられないからね」
「狐さん、かわいそう」
「そうでもないさ。生きの良い鶴を食べた狐は、大変満足して帰って行ったよ」
「お父さん、ありがとう。なんだか元気が出て来たわ」
「ほんまかいな」
「じゃあ、もう、おかしなことを言って、みんなを困らせるんじゃないよ」
「分かったわ。ほら、先生、窓の外に取り壊し中の大きなビルが見えるでしょう。あのビルが完全に壊されたとき、私も天に召されるの」
「なんにも、分かってないじゃないか」
「それは、そうと、先生。私、嫌な予感がするんですがね」
その瞬間、すさまじい衝撃音と振動が私たちを襲った。隕石がビルを直撃し、完全に破壊してしまった。
私たちは沈黙した。
「私、百歳まで生きるかも知れない」
私もそんな気がしてきた。
窓の外には、冬の気配が迫っていた。