ことばの雨が降ってくる
*ワタクシが男だったら*
たぶん、否応なく漁師にされていたでしょう。
いやですよぉ。朝は早いし、冬は寒くて冷たいし、重労働だし(生来横着者)
ワタクシの父は漁師でした。
ここは田舎ですし、まだまだ家父長制度の名残もあったものですから、長男はとっても大事にされた時代です。
当然、跡継ぎになる男の子の誕生が喜ばれました。
うちではまず、姉が生まれました。
それでも最初の子ですから、女の子でもまあいいか、てな感じですね。とりあえず無事に生まれたから、めでたいと。
3年後、ワタクシが母のおなかに入ったとき、周りの人は口々に「今度は男の子だ」なんて無責任に言うものですから、父はすっかりその気になりまして……。
ワタクシが男の子として生まれてくるものと思い込んでしまったらしいんです。
ところが、「残念でしたぁ〜〜」とばかりに女の子が生まれたものですから、ショックで一週間も寝込んでしまったそうなんです。(後で聞いた話ですけど)
失礼しちゃいますよね。こんなにかわいい子なのに(爆)
でも、ワタクシが悪いんじゃなくて、思い込ませた周りと思い込んじゃった自分が悪いんですからね。
そしてさらに3年後、待望の男の子、弟が生まれたときには漁を途中で放り出して、喜び勇んで船から下りてきたというのですから、ワタクシの時とは大違い。
ひねくれますよ。いくら温和なワタクシだって。ちゅ〜〜んだ。
そんなこんなで、姉は一番上なもんでわがままに育ち、弟は弟で長男だということだけでほいほいされてそだったものですから、どっちも総領の甚六ですよ。
ワタクシはみそっかすで、わがままも言わんとぢっと我慢の子でした。
そのおかげか、何でも自分で決めてさっさとやってしまうという自由な子になれましたけど(*^_^*)
おもしろいことにわがままだったわりには、姉や弟は親の言うことを聞いてましたっけ。進学や就職の時なんか。
ワタクシですよ。ちっとも言うことを聞かなかったのは(笑)
でも、父が病に倒れたときは、ちょっと考えちゃいました。
もちろん、姉が男だったら文句なしの跡継ぎで、何にも問題はなかったのですけど。
せめてワタクシが男だったら、父と一緒に漁に出て、少しは負担を軽減できたんじゃなかったのかなって。
父がもっと若いうちは、漁もあって「乗り子」といって人を使っていたのですが、だんだん漁が少なくなるにつれてお給料を払えなくなってきたので下船してもらったんです。
それからはたった一人でやってきました。
ワタクシと弟とはたった3年の違いなのに……。
ワタクシが高校を卒業する頃は、まだそれほど漁業の衰退は顕著ではなかったんですが、弟が高校を卒業する頃には急激に左前になってきたのです。
漁がなくなってきたのは、突き詰めて言っちゃえば人間のせい、大型漁船の乱獲や開発という名の自然破壊が原因ですが。
時代の変化を感じた父は、もう弟に家業を継がせたくはなかったのでしょうね。
だったら、なんで長男長男って特別扱いしたんだよ〜〜と吠えたいところですが、優しいワタクシはそんなことはいたしません。
(ほんとうか?)
病院のベッドで意識不明になった父の顔を見て、思わずつぶやきました。
「ごめんね。男に生まれなくて」
“シゲの銛”は、そんな父と弟をミックスさせて主人公にしました。
いつか、父自身の物語を書きたいと思っています。
作品名:ことばの雨が降ってくる 作家名:せき あゆみ