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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 だがカウラはまだ培養液から出て8年しか経っていない最終ロットの人造人間だった。アイシャのような余裕は無いし、要ほどすれてもいない。
 マリアはそんなところでカウラを気に入っているのだろうか。そんな疑問を感じながらしばらくカウンターの前で立ち尽くしていた。
『脱げ!ほら神前!脱げ!』 
 要の叫び声が響く。
「いよいよ佳境と言うところかな」 
 マリアの口元に皮肉を込めた笑みが浮かぶ。シャムはどうにも情けない出来事にただ照れ笑いを浮かべるだけだった。
「シャム、カウラのことを頼むな」
 突然のマリアの言葉にシャムはしばらく思考が停止するのを感じていた。
「なんでマリアが?境遇が違うでしょ?」 
 シャムの問いにマリアは静かにほほえむ。そして言葉を選びながら言葉を続けた。
「確かにな。私には父も母もいた。どちらも先の第二次遼州大戦で死んだが。でも気がついたら戦うしか無かったところはにているかもしれない。アイツは戦うために作られた。私は戦うことが生きることだった」 
 そう言うとマリアは部下達の顔を眺めた。
 シャムも第六星系に侵攻したゲルパルトの蛮行やその後の地球軍の不当占拠に対する抵抗運動の激しさはレンジャー教官として派遣されてくる第六星系連邦の兵士達から聞かされていた。
 居住ブロックには百メートルごとに兵士が立ち、抵抗すると見なされたものは即座に拘束され容赦なくエアロックの外に放り出される。居住可能惑星では考えられない蛮行が独立まで果てしなく続いた支配への抵抗。
 その中を常に死と隣り合わせで生きてきたマリア。彼女は一口ウォッカを飲むと口を開く。
「戦争というのは人を機械として扱う一つのシステムだ。そこには生まれも育ちも関係のない人々が歯車として戦争を遂行するために投入される。人造人間が作られた理由もそう考えると分からないでもない。歯車には感情は必要ない。いや、感情はむしろ無駄だ」 
 マリアはそこまで言って言葉を飲み込んだ。シャムもなぜ彼女が言葉を飲み込んだのか分かっていた。シャムもまた戦場を生きた経験を持っていたから。
 感情は時に人間をどこまでも残酷な道具へと変える。シャムが経験した遼南内線末期の戦場。それまで支配者として君臨してきた共和軍の傭兵達をゲリラ達が虐殺する様を何度見てきたことか。武装解除され命乞いする傭兵達を即死させないように急所を外しながら銃剣で突き回す少年。目を抉られ、鼻を削がれ、腹から内蔵を垂れ流しながらうめく傭兵を見ても歓喜の声を上げながら石を投げつける老婆。地球からの派遣軍の兵士にレイプされて身ごもったという妊婦が死んだ傭兵の頭を蹴り上げて笑っていた様を思い出すと今でもシャムの足が震えてくる。
 彼等がその後どうなったのかシャムは知らない。時々東和でも遼南内戦の悲劇を語るテレビ番組が流れるが、参加した傭兵も地元の一般人達も当時が狂気に満ちていたことは語ろうとしない。ただ戦争は悲惨だと繰り返すばかりだった。そこに感情のある人間が武器を持って立てば必然として起きる狂気からは皆が目を背ける。
 ゲルパルトの指導者がそんなことを憂いて人造人間を作った訳では無いことはシャムも承知していた。遼州外惑星で、他の植民星系で、地球で降下したの中央アジアや南米などにおいて行われた極めて組織的な虐殺の容疑で多くのゲルパルト国家労働党の武装親衛隊員が処刑された事実はもし間に合えばカウラ達も感情を持たずに虐殺を行う機械になっていたのかもしれないとシャムも思うことがある。
 マリアの手もたぶんそんな狂気の中で血に染まったことがあるのだろう。部下達も黙り込んだままじっとしていた。機械として、殺す機械として生きたマリアが殺す機械になるべく作られた自分と真正面から見つめ合っているカウラにシンパシーを感じる。
 シャムはその悲しい関係をただ黙ってみていることしかできない自分に無力感を感じていた。
 しんみりとした雰囲気。マリアは気にする様子もないが、明らかに背後で小夏がシャムを心配そうにのぞき見ていた。
「カウラちゃんなら大丈夫だよ」 
 シャムの言葉に気分が変わったようでマリアが笑みを浮かべながら頷く。
「そうだ、つまらない話を聞いてもらった例だ。上に届けてくれないかな……そうだ、茶漬けが欲しい時間帯だろ?」 
 気を利かせたようなマリアの声にシャムは指を折り始める。
 もう誠とアイシャはダウンだろう。要は締めの茶漬けは手を出さない主義だった。そうなるとラン、明石、岡部は確実に茶漬けを頼む。カウラはそもそも酒を飲んでいない。別れ話を相談しているだろうパーラやそれを聞いているサラも茶漬けには手を出さないだるう。
「じゃあ3人前かな」 
 シャムの言葉に小夏は笑顔で厨房に入って行った。見送るマリアの暖かい視線。
「お前の分はどうなんだ?」 
「アタシと俊平はいいよ。あまり気にしない質だから」 
「そうか。なら私達もお愛想にするかな」 
 早速立ち上がるマリアに続いて部下達も立ち上がる。ちょうど二階からほろ酔い加減の春子が下りてきたところだった。
「あら、マリアさん。今日はおしまいなの?」 
「ああ、また寄せてもらうつもりだ」 
 ほとんど同じ年の二人。どちらも東和の常識と離れた世界を生きてきただけあって気が合うところがある。財布を取り出すマリアを見ながらそのまま春子は小走りで戸口にあるレジに向かう。
「師匠、できました」 
 小夏がカウンター越しにお茶漬けを差し出してきた。シャムはそれを盆にのせるとそのまま階段を駆け上った。
 入り口には座布団を枕代わりにして眠りにつくアイシャとその隣に放置されている全裸の誠の姿があった。
「要ちゃん、またやったの?」 
 シャムの視線は静かにエイひれをかみしめている要に向いた。
「まあ、こいつ弱いから」 
「要ちゃんが強すぎるんだよ」 
 シャムはそう言いながら上座のラン達のところまで茶漬けを届けることにした。
「ご苦労さん」 
 明石は茶漬けを受け取るとそう言って笑った。こういうときでもサングラスは外さない。隣のランも楽しげに茶漬けに箸を伸ばす。
 軽く茶碗の中をかき混ぜると明石は静かに汁を啜り込んだ。
「ええなあ、こういう時の茶漬けは」 
 しみじみとそう言いながら黙って座っているシャムを見つめる。少しばかり恥ずかしそうに箸を持った手で頭を掻くと明石は静かに茶碗を置いた。
「ナンバルゲニア。聞きたいことがあるんちゃうか?」 
 突然の明石の言葉にシャムはあまさき屋に着いてから常に疑問に思っていたことを思い出した。
「うん、あるよ」 
「ならはよう言わんとな……神前のことか?」 
 静かな調子でつぶやく明石にシャムは素直に頷いた。しばらく遠くを見るように視線をそらす明石。その先には裸で寝っ転がっている誠がいた。
「ワシが帝大の野球部に入ったときはひどいもんやったわ」 
 昔を思い出す表情。明石にどこか照れのようなものが感じられてついシャムは意地悪な笑みを浮かべてしまう。それを知って知らずが明石は言葉を続ける。