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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 シャムの訴えに春子は鋭い視線を吉田に向ける。すごみのある女性の視線に吉田もさすがに気まずく感じてビールをのどに流し込んでごまかそうとする。
「でも本当においしいから。食べてみてよ」 
 春子は特製のソースをかけてやり、さらに青のりを散らす。
 独特の香りにシャムの怒りも少しだけ和らいだ。
「じゃあ食べてみるね」 
 シャムはそう言うと一切れ口に運んでみた。柔らかい生地の中に確かな歯ごたえのエビが感じられる。
「これいい!」 
「でしょ?」 
 気に入ったというようにシャムはそのまま次々と切っては口に運ぶことを続けていた。
「慌てて食うとのどにつかえるぞ」 
 吉田に言われてビールを流し込む。それでも勢いが止まらない。
「よく食うな……」 
 ふらりと立ち寄った感じの要が手にしたテキーラをシャムのビールの入ったグラスに注ごうとするのを軽く腕で阻止する。
「なんだよ、ばれたか」
 そのまま要は自分の鉄板に戻っていった。
 周りでも次第に焼け上がっているようで鉄板を叩くコテの音が響く。
「なんだか飯を食ってる感じがするな」
「幸せな瞬間でしょ?」 
「そうか?」 
 マイペースで一人たこ焼きを突く吉田。その吉田のテーブルに誠がビールを運んでくる。
「気がつくね」
 吉田は空になった瓶を誠に渡すとグラスになみなみとビールを注いだ。
 またシャムはチャンスだと思った。誠は今度はシャムにビールを注ごうとしてくる。
「あのさあ……」 
「誠ちゃん!私も」 
 シャムがグラスを差し出すところでタイミング良くアイシャが叫ぶ。
「はい!今行きますね!」 
 飛び跳ねるように誠はそのままビールを持ったままアイシャに向かって行く。
「また聞き損ねたか」 
 吉田の痛快という笑顔にシャムはエビをほおばりながらむっとした表情を浮かべて見せた。
「師匠!」 
 突然声をかけられて驚いてシャムは隣を見る。シャムよりも一見年上に見える中学生家村小夏。エプロンを着けたままいつものようにきっちりと正座をしている。
「どうしたのよ小夏。お仕事は?」 
「はあ、菰田の野郎が自分がやるからって」 
「あれだな、下にいるのはマリアだろ?おべんちゃらでも使ってうまいこと取り入ろうって魂胆だ。アイツらしいな」 
 吉田の言葉にシャムも何となく頷いた。
「それで小夏。どうするの?」 
「今度のライブの件ですよ!ネタがまだできて無いじゃないですか」 
「ライブのネタねえ……ずいぶん先じゃん」 
 シャムは考え込んだ。シャムと小夏はコントのコンビを組んでいる。時折ライブと称して近くの老人施設などの慰問をすることもあった。節分の次の週の日曜日にもその予定があった。考え込むシャム。
「最近はどつきネタばかりだって言われてるから……」 
「まあどつかれるのは師匠なんですけどね」 
 小夏の合いの手に思わず頭を掻く。ネタ的にマンネリなのはシャムも感じていた。特に誠が転属してきてからはいろいろと事件が多くネタを仕込む時間もない。
「お困りのようね」 
 すいと二人の間にビールの瓶が差し出される。見上げてみれば満面の笑みのアイシャだった。
「いいアイディア……やっぱりいいや」 
「なによ、シャムちゃん。ずいぶんつれないじゃないの」 
 すねるように大げさに首を振るアイシャ。こうなると手が付けられないのはシャムも十分承知している。
「じゃあ何かあるの?」 
 シャムがおそるおそる尋ねるとアイシャはいつものように不敵な笑みを浮かべた。
「『らくだ』って知ってる?」 
 突然のアイシャの言葉にしばらくシャムはあんぐりと口を開けた。
「『駱駝』?地球の砂漠にいる?」 
「違うわよ。落語。まあなんて言うか……ブラックな話」 
 アイシャの言う『ブラック』な話はだいたいとんでもない展開を見せるものである。シャムの顔が引きつる。隣を見ればなぜか分かっていると言うように頷いている小夏がいた。
「小夏は知ってるの?」 
「ええ、まあ嫌われ者の葬式を出す話ですよ」 
「ああ、西園寺の葬式を出す話だな」 
 吉田の言葉にシャムは思わず要の方に目を遣った。明らかにシャムを睨み付けている要。シャムは頭を掻きながら得意げに話を続けようとするアイシャを遮った。
「まあ、いいから。この話は後でね!」 
「ちぇっ!もう少し面白いところまで話したかったのに」
「何も話していないような気がするんですけど……」 
「小夏ちゃん。何か言った?」 
「別に……」 
 小夏を威圧した後はすっかり言いたいことを言ったと言う表情でアイシャはそのままカウラの肩に手を乗せて意味もなく笑っていた。
「変な人だとは思っていましたけど……やっぱり変な人ですね」 
「ねえ、小夏。らくだってなに?」 
 シャムは尋ねるが小夏は答える気が無いというようにそのまま立ち上がると階段を駆け下りていく。
「俊平は知ってる?」 
「落語は噺家から聞くものだ。俺が語ってもつまらないだけだよ」 
 そう言うと平然とビールを飲む吉田。シャムはただ呆然と話に取り残されたことだけを実感してエビを口の放り込む。
「なんやねん。渋い顔して」 
 声をかけてきたのは明石だった。ふと見るとランはなにやら携帯で話し込んでいる。ようは退屈しのぎにシャムをからかいに来たというところなのだろう。
「しかし……うまそうやな」 
 明石はそう言うと素手でシャムのエビ玉をちぎって口に放り込む。
「取らないでよ!」 
「おっとすまん。ワシもこれを頼めばよかったんかもしれんな」 
 禿頭をなで回しながら明石はつぶやいた。
「あそこに行くの?」 
「できれば私は勘弁ね」 
 現役実働部隊長のランとそれを支援する本局の調整官の明石。その会話が相当高度でシャムに手に負えないものであることは間違いなかった。小難しい理屈をこねるのが好きなアイシャもどうせ捕まれば説教されることが分かるので近づく様子もない。
「まあ夜も長いのよ……と言うわけで」 
 アイシャはそう言うとビール瓶を手に持つ。シャムは照れながらグラスを差し出した。
「ほら、吉田さん。ちゃんとラベルは上でしょ?」 
「そんなことどこで覚えたんだか……つまみが欲しいな」 
「小夏!小夏!」 
 吉田のオーダーに答えてシャムがカウラとなにやらひそひそ話をしていた小夏を呼びつけた。小夏はと言えば突然のシャムの呼び出しにいつものように嫌な顔一つせずに飛び出してくる。
「何でしょう、師匠」 
「俊平の……つまみは」 
「エイひれで」 
 一言そう言ってビールを飲む吉田。小夏はと言えば元気にそのまま階段を駆け下りていく。
「小夏ちゃんとお話……珍しいのね」 
 アイシャは堅物のカウラの意外な光景に興味を引かれたように絡む。シャムが見た感じではアイシャはかなりよっているようで頬はすでに耳まで朱に染まっている。
「なんだ。私が小夏と話しているとおかしいことでもあるのか?」 
 カウラはそう言ってビールを傾ける。それでもアイシャのにやにやは止まらない。四つん這いでそのままカウラのそばまで這っていくとそのままカウラのポニーテールに手を伸ばす。
「止めろ!」 
「なに?お嬢様?うぶなふりして……この!」