掌の中の宇宙 2
Episode.7 セルベイス
大きな部屋には大きなピアノがひとつ
それを弾いている女の子
指先で確かめるように弾いている
未完成に終わった曲を
今再び創っているような
過去と未来を行き来して
因果律を調節して至る道を歌っている
ピアノから生まれる音は聞こえない
大きな部屋は幻の部屋
大きなピアノは幻のピアノ
それを弾いている女の子は・・・
それをみている・・・
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白い指先は鍵盤を走る。
女の子の顔は少し曇ってて目を瞑っている。
創造してそれを直ぐに指先に伝える、
心の中に咲く花が直ぐに枯れて実となって種となる。
そして種から芽がでて・・・
輪廻する運命が其処に在る
音階の一つ一つに精霊が宿っていて
無限の組み合わせを予言して泡のように消えていく。
女の子は深いため息をつく。
その声は低い音で囁きのようで、なにかの暗示のような・・・。
一枚のコインを空に投げて
・・・それが何回か回転し
また掌に落ちてくる。
掌をみれば表の絵がもう一回・・・
声はピアノの音とは別に存在していて
・・・それは何時までも存在している。
答えを求めている、そんな種類の音。
ピアノを弾く自分の傍に誰かがいる。
軽いめまいがする。
指先は欲望の化身のように鍵盤の上を走り回る。
ボーっとした姿が浮かび上がる、それは・・・。
アルソア・・・一翼を担う者よ・・・
背の高い男の姿が女の子の傍に映し出される。
アルソア・・・どうして・・・揺らぎをあたえようとする?
・・・お前は執行者であって・・・力そのものではないのだぞ
・・・何故言うとおりにできない?
女の子の指は動く事を止める事ができない。
未知の力で弾かされているかのよう。
与えられた運命を生き続ける人達のように彼女の指は鍵盤を踊る、
それは決められたメロディ・・・。
「眩い光は闇に潜む者たちを焼き殺してしまいます
先の見えないほどの深い闇は光求める者達の希望をかき消してしまいます
光が集まれば闇も集結する
余りにも眩い光と余りにも深い闇がうまれれば・・・
光と闇はお互いを受け入れることができなくなります
光と闇は一枚のコインのようなものです
空に投げたコインが全て表向きで落ちてくる事はありません。
光と闇は等しく心にあってこそ喜びや悲しみが理解できるのです。
光の輝きだけで人間は生きていける筈がありません
闇に潜んでばかりで幸福になれる筈はありません
光と闇が互いに補いあって・・・無限の階層の中で人は息をしています。
柔らかな光、ボンヤリとした暗闇、迷いが許されないのなら人は
何処にも辿り着けないし、一歩たりとも歩く事もできない
人は罪深いものかもしれません・・・
しかし同時に人はそれを補えるだけの心を備えています。
運命を乗り越えようとする事は罪なのでしょうか?
運命を受け入れて、なおもよりよく生きようとする心は・・・」
女の子は殆ど息をしていなかった・・・
それでも指先は止まる事は無くメロディは生まれ続ける。
生まれては消えてゆく唯一の旋律が、運命の輪を回している・・・。
ウヌボレルナ・・・ヒトノココロハウンメイヲノリコエルトイウノカ?
ヒトハウマレテシヌマデスベテガキメラレテイル
ヒカリニツドウモノハスクワレル
ヤミニヒソムモノハチニオチル
ヒカリトヤミヲタズサエテヒトガイキル?
ウヌボレルナ・・・ヒトハヨワイイキモノダ
・・・ヒトニモトメテハイケナイ
ツヨサトヨワサヲドウジニウケイレイレレバヒトハコワレテシマウ
ヒトノココロハモロイモノダ・・・
ヒトハテンシデモナケレバアクマデモナイ
タダヨワイダケナノダ・・・ソノココロハアマリニモロクヨワイ・・・
ダカラウンメイガヒツヨウナノダ・・・ダカラゴウニシバラレルノダ・・・
全身全霊を使って女の子は腕を振り下ろそうとする。
(この両腕が折れるぐらいに叩きつけてやりたい)
しかしそれはとてもできる事ではなかった。
彼女を包み込む巨大な力は、彼女が創りだす世界にも力を伝えようとする
それはねじれた因果律を元に戻そうとする宇宙の意識の様
うつらうつらする意識・・・折れかかる心。
「リィィィィーン・・・」音が聞える。
閉じた部屋に新たな音が入り込んできた。
一瞬押さえ込む力が弱まった、こん身の力を込めて腕を鍵盤に叩きつける。
振り下ろされた腕が鍵盤に落ちる瞬間、ピアノは消えて・・・。
アルソアの傍にフィーゴが寄って来る。
「誰?貴方死にかけてたよ、実際。」
フィーゴの警戒は解けていない、
アルソアが意識を獲られる程の能力に恐れを抱かない者はいない。
「ふふ・・・どうやら私のしている事がお気に召さないらしいね。
お説教をされていました
お説教なんて久しぶりなのでね・・・泣こうかと思ったわ。」
部屋はいつもの状態にもどっている。
ネネムの食べるであろう食事もテーブルに並べられている。
「そお?なんだか大丈夫そうなのね?ネネム君はどうなったの?」
フィーゴもようやく警戒を解いた。
フィーゴもネネムの元に行きたかったのだけど
ネネム達の場所にはどうしても辿り着くことができなかった。
しかたがない。最も深い層を行き来できるのはルナとアルソアだけなのだ。
アルソアであっても存在そのものが行けるわけではない。
その世界は光さえも動けなくなる世界、
フィーゴの能力の及ぶ所ではない。
「ネネム?ああ、ルナが目をさましたからね・・・。
もう直ぐ帰って来るでしょう。
フィーゴ、もう少し働いてもらえる?
例の方達、そろそろ帰らせてあげましょう。
ミッキーとジミーもどうやら一段落ついたのでしょう?」
「うん、私が行ってみたらもう勝負はついてたわ、
私も一発殴ってきたけど♪
あっ!そうだった彼らから車取ってくるように頼まれてたんだ。
お気に入りみたい。
では行ってきますね。」
(この人、猫使いが荒いわ;;)
なんて事をひそかに思いながフィーゴは駆けて行く。
「リィィィィーン」鈴の音が鳴って光が道を辿っていく。
外にある車は空を目指してそして空に飲み込まれていく。
アルソアはソファに静かに腰掛けて・・・
指先を空に滑らせて模様を描く。
その模様は光を帯びて・・・光の向こうには一片の羽が見える
それに語りかけるアルソア、その姿はいつの間にか美しく輝いていた。