深淵 最上の愛 第四章
第四章 罠
午前九時から籾山の一回目の取調べが開始された。ほとんど黙秘をしている態度に森岡は切れそうになっていた。
「なんか、喋れや!口付いとるんやろ」
「言うことあらへん」
「何やて、自分の可愛い子分殺しといて、言うことない?何じゃそれは!」
「子分と違うわ。うろうろしとっただけや・・・あの日もそこの女刑事さんにやられて、みっともない奴や。口ばっかりで実力も無いくせに・・・今度かて勝手にやりよったことや。俺は知らんわ」
「ふ〜ん、ここにな、山本も夏海も居るねん。顔合わせたろか?」
「誰や?そいつら・・・知らんで」
「今、連れて来たるさかいに待ちや。知ってたら、えらい事になるで。大阪城での麻薬売人殺害、東通ヘルス嬢由美殺害共犯、それに伊藤政則殺害の三人や。死刑やな」
「脅してるのか?誰も殺してへんわ」
「もう直ぐ解るわ・・・せいぜい今のうちに威勢かましとき」
取調室の横にある「面通し」窓のある部屋に山本がまず入った。
「誰や、知ってるか?」及川が聞いた。
「籾山です」
「あいつな、殺人で現行犯逮捕や。由美殺害共犯と3月の大阪城のイラン人殺害の重要参考人や。もし、送検できたらお前の罪も上がるで」
「堪忍してくださいよ。一般人でっせ・・・やくざと同じにしないで下さい」
「知ってること話しや、もう待ってられへんのやで」
「籾山は多分小野田に頼まれよったんと違いますか・・・神戸の山中組の会長と水島若頭、その子分の名前忘れましたけど30ぐらいの中堅の三人で一昨年、小野田の還暦パーティーに来よりましてん」
「夏海が言うとったやつやな。それでどないした?」
「山中会長の前でその兄ちゃんに小野田から、面倒見てくれないかと籾山を紹介しましたわ」
「夏海が言ったあの人という奴やな」
「それは知りまへんけど、相当の実力者のようですわ。水島がもうじき代を譲るとか言ってましたから」
「名前解らへんのか?思い出せないのか」
「すんまへん・・・」
今度は夏海を同じ部屋に連れてきた。
「誰か知っとるか?」
夏海は「やばいことになった」と籾山を見て思った。
「さっきな、山本を連れてきて籾山見せたら、知ってること吐きよったで。お前も全部話してくれへんか?」
「何を話したか知らんけど、籾山って言うことしか知らんわ」
「そうか、弁護士さん呼ばんとあかんようやな」
「何で呼ぶねん?」
「お前が恋人やって偽証した罪と、籾山の隠匿を手伝った罪や。弁護士資格無くなるな」
「待って!そんな事話したらうちが全部喋ったって思われるやん。いややで、まだ死にとう無いから」
その恐怖感に震える夏海を見てもう一押しだと及川は思った。
「真奈美も更正して逃がしてやった。お前もそうしてやるから、普通の暮らしに戻れ。本当に好きな人と子供育てて女の幸せを叶えたくないんか?夏海!」
「そんなこと出来る訳がないやん・・・ソープ嬢やで!誰が普通に付き合ってくれるねん。夢みたいなこと言うなよ」
「お前の努力次第や。出来へんことなんかこの世にないんや。成せば成ると言うやろ。気持ちがしっかりとしてたら絶対に叶うんや。俺が困ったときは力になる。お前は美人やし、幸せになれるわ」
夏海の目から涙がこぼれた。初めて見せる少女のような表情に及川はドキッとさせられた。これがこの女の魔性なのか、素顔なのか、まだ警戒を解きほぐすまでには行かなかった。
「及川の兄貴って呼んでる人は戸村翔太って言うんや・・・」
夏海は心を開いたのか、保身に傾いたのか、知っている全てを話し出した。
2008年夏
一樹会の小野田組長還暦の祝賀パーティーが貸切の結婚式場で行われた。夏海や真奈美、死んだ由美もホステスとして会場に呼ばれていた。山中会長は高齢だったので殆どの取り仕切りを水島に譲っていた。戸村は水島の一の子分だったので、その地位は揺ぎ無いものになっていた。
席上、小野田はお互いの関係を強化するために籾山を山中組長に頼んで勉強させたいと願い出た。直ぐに戸村を呼んで、「お前が面倒見たれ」と指図した。小野田は礼に、「ここに来ている好きな女を連れて帰ってくれ」と戸村に言った。辺りを見渡して、夏海を選んだ。
「やっぱりな・・・戸村くんは目が高いな。男前やし、夏海も喜ぶわ」戸村は頭を下げた。
「籾山!しっかり教えてもらえ、ええな」
「はい、組長。戸村さん、よろしくお願いします」
この時から、戸村と夏海は暮らすようになった。
小野田と山中、水島、戸村と4人はしばらくして別室に席を移して内緒話を始めた。傍に籾山ともう一人が用心棒として、入口と窓際に立って警備した。
「山中はん、最近ここらへんで外人がぎょうさん薬売りよりますねん。困った奴らですわ。ちょっと調べさせたんですが、一人だけ単独で行動しとる奴がいますねん。何か知ってることありますか?」
「小野田さん・・・うちのシマにもおるよ。締め上げたけど、誰に頼まれたのかって言わんかったわ、なあ?戸村」
「はい、その通りです」
「それでどないされたんですか?」
「戸村、言うたり」
「はい、海の底かと・・・」
「可哀そうになあ・・・日本まで来て魚の餌になったんか」
「目障りなそいつも同じ目にあわせたらどうや?」
「そないに思うてますけど、サツの目もありますよってに、慎重にやりませんと」
「そうやな・・・戸村使ってくれてええで」
「おおきに、籾山にやらせますわ。あんじょう指導してやってください、戸村くん」
「はい、任せて下さい」
「おい、籾山、しっかりとやれよ」
「はい、ありがとうございます」
悪い予感がしたのか、薬を売っていた外人はしばらく姿を見せなかった。家族に不幸があって国に帰っていたのだ。小野田は姿を見せなくなったのでちょっと安心していたら、2010年の二月ごろからうろつき出したので、戸村と籾山に連絡をした。二人は計画通りに大阪城の堀に売人を沈めた。実行は籾山がした。
「兄貴、どうしましょう?足が付きませんかね」
「そうやな・・・俺たちと関連は見つからないやろうから大丈夫やろ。それより、誰にも話すなよ。喋ったらそこから命取りになるからな」
「はい、肝に銘じます」
「真奈美にも話すなよ」
「解ってます・・・」
「女は裏切るぞ、気い付けや」
「なんか身に染みたんですか?」
「アホ!誰がや・・・そういうもんや」
この実績で小野田は籾山を東通の新しい風俗店と界隈を仕切らせるようになった。
籾山の取調室に及川が入っていった。
「警視正、ちょっと話があります」
そう言って森岡を残して二人で違う部屋に行った。
「籾山、警部が何か掴んだで。夏海が喋ったんやろな・・・終わったな、おまえ」
「夏海は惚れとるんや・・・喋るはずが無い」
「誰に惚れとるんや?」
「・・・」
「言え!もう夏海が話しとるから解ってるねんで。お前も死刑になる前に全部話して、あの世ではまっとうに生きたらどうや?」
「死刑死刑って言うな!俺らみたいな存在に死刑なんかあるか」
午前九時から籾山の一回目の取調べが開始された。ほとんど黙秘をしている態度に森岡は切れそうになっていた。
「なんか、喋れや!口付いとるんやろ」
「言うことあらへん」
「何やて、自分の可愛い子分殺しといて、言うことない?何じゃそれは!」
「子分と違うわ。うろうろしとっただけや・・・あの日もそこの女刑事さんにやられて、みっともない奴や。口ばっかりで実力も無いくせに・・・今度かて勝手にやりよったことや。俺は知らんわ」
「ふ〜ん、ここにな、山本も夏海も居るねん。顔合わせたろか?」
「誰や?そいつら・・・知らんで」
「今、連れて来たるさかいに待ちや。知ってたら、えらい事になるで。大阪城での麻薬売人殺害、東通ヘルス嬢由美殺害共犯、それに伊藤政則殺害の三人や。死刑やな」
「脅してるのか?誰も殺してへんわ」
「もう直ぐ解るわ・・・せいぜい今のうちに威勢かましとき」
取調室の横にある「面通し」窓のある部屋に山本がまず入った。
「誰や、知ってるか?」及川が聞いた。
「籾山です」
「あいつな、殺人で現行犯逮捕や。由美殺害共犯と3月の大阪城のイラン人殺害の重要参考人や。もし、送検できたらお前の罪も上がるで」
「堪忍してくださいよ。一般人でっせ・・・やくざと同じにしないで下さい」
「知ってること話しや、もう待ってられへんのやで」
「籾山は多分小野田に頼まれよったんと違いますか・・・神戸の山中組の会長と水島若頭、その子分の名前忘れましたけど30ぐらいの中堅の三人で一昨年、小野田の還暦パーティーに来よりましてん」
「夏海が言うとったやつやな。それでどないした?」
「山中会長の前でその兄ちゃんに小野田から、面倒見てくれないかと籾山を紹介しましたわ」
「夏海が言ったあの人という奴やな」
「それは知りまへんけど、相当の実力者のようですわ。水島がもうじき代を譲るとか言ってましたから」
「名前解らへんのか?思い出せないのか」
「すんまへん・・・」
今度は夏海を同じ部屋に連れてきた。
「誰か知っとるか?」
夏海は「やばいことになった」と籾山を見て思った。
「さっきな、山本を連れてきて籾山見せたら、知ってること吐きよったで。お前も全部話してくれへんか?」
「何を話したか知らんけど、籾山って言うことしか知らんわ」
「そうか、弁護士さん呼ばんとあかんようやな」
「何で呼ぶねん?」
「お前が恋人やって偽証した罪と、籾山の隠匿を手伝った罪や。弁護士資格無くなるな」
「待って!そんな事話したらうちが全部喋ったって思われるやん。いややで、まだ死にとう無いから」
その恐怖感に震える夏海を見てもう一押しだと及川は思った。
「真奈美も更正して逃がしてやった。お前もそうしてやるから、普通の暮らしに戻れ。本当に好きな人と子供育てて女の幸せを叶えたくないんか?夏海!」
「そんなこと出来る訳がないやん・・・ソープ嬢やで!誰が普通に付き合ってくれるねん。夢みたいなこと言うなよ」
「お前の努力次第や。出来へんことなんかこの世にないんや。成せば成ると言うやろ。気持ちがしっかりとしてたら絶対に叶うんや。俺が困ったときは力になる。お前は美人やし、幸せになれるわ」
夏海の目から涙がこぼれた。初めて見せる少女のような表情に及川はドキッとさせられた。これがこの女の魔性なのか、素顔なのか、まだ警戒を解きほぐすまでには行かなかった。
「及川の兄貴って呼んでる人は戸村翔太って言うんや・・・」
夏海は心を開いたのか、保身に傾いたのか、知っている全てを話し出した。
2008年夏
一樹会の小野田組長還暦の祝賀パーティーが貸切の結婚式場で行われた。夏海や真奈美、死んだ由美もホステスとして会場に呼ばれていた。山中会長は高齢だったので殆どの取り仕切りを水島に譲っていた。戸村は水島の一の子分だったので、その地位は揺ぎ無いものになっていた。
席上、小野田はお互いの関係を強化するために籾山を山中組長に頼んで勉強させたいと願い出た。直ぐに戸村を呼んで、「お前が面倒見たれ」と指図した。小野田は礼に、「ここに来ている好きな女を連れて帰ってくれ」と戸村に言った。辺りを見渡して、夏海を選んだ。
「やっぱりな・・・戸村くんは目が高いな。男前やし、夏海も喜ぶわ」戸村は頭を下げた。
「籾山!しっかり教えてもらえ、ええな」
「はい、組長。戸村さん、よろしくお願いします」
この時から、戸村と夏海は暮らすようになった。
小野田と山中、水島、戸村と4人はしばらくして別室に席を移して内緒話を始めた。傍に籾山ともう一人が用心棒として、入口と窓際に立って警備した。
「山中はん、最近ここらへんで外人がぎょうさん薬売りよりますねん。困った奴らですわ。ちょっと調べさせたんですが、一人だけ単独で行動しとる奴がいますねん。何か知ってることありますか?」
「小野田さん・・・うちのシマにもおるよ。締め上げたけど、誰に頼まれたのかって言わんかったわ、なあ?戸村」
「はい、その通りです」
「それでどないされたんですか?」
「戸村、言うたり」
「はい、海の底かと・・・」
「可哀そうになあ・・・日本まで来て魚の餌になったんか」
「目障りなそいつも同じ目にあわせたらどうや?」
「そないに思うてますけど、サツの目もありますよってに、慎重にやりませんと」
「そうやな・・・戸村使ってくれてええで」
「おおきに、籾山にやらせますわ。あんじょう指導してやってください、戸村くん」
「はい、任せて下さい」
「おい、籾山、しっかりとやれよ」
「はい、ありがとうございます」
悪い予感がしたのか、薬を売っていた外人はしばらく姿を見せなかった。家族に不幸があって国に帰っていたのだ。小野田は姿を見せなくなったのでちょっと安心していたら、2010年の二月ごろからうろつき出したので、戸村と籾山に連絡をした。二人は計画通りに大阪城の堀に売人を沈めた。実行は籾山がした。
「兄貴、どうしましょう?足が付きませんかね」
「そうやな・・・俺たちと関連は見つからないやろうから大丈夫やろ。それより、誰にも話すなよ。喋ったらそこから命取りになるからな」
「はい、肝に銘じます」
「真奈美にも話すなよ」
「解ってます・・・」
「女は裏切るぞ、気い付けや」
「なんか身に染みたんですか?」
「アホ!誰がや・・・そういうもんや」
この実績で小野田は籾山を東通の新しい風俗店と界隈を仕切らせるようになった。
籾山の取調室に及川が入っていった。
「警視正、ちょっと話があります」
そう言って森岡を残して二人で違う部屋に行った。
「籾山、警部が何か掴んだで。夏海が喋ったんやろな・・・終わったな、おまえ」
「夏海は惚れとるんや・・・喋るはずが無い」
「誰に惚れとるんや?」
「・・・」
「言え!もう夏海が話しとるから解ってるねんで。お前も死刑になる前に全部話して、あの世ではまっとうに生きたらどうや?」
「死刑死刑って言うな!俺らみたいな存在に死刑なんかあるか」
作品名:深淵 最上の愛 第四章 作家名:てっしゅう