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母と子

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 ぼやけた感覚で目をこすった。ゆっくり息を吸うと濃いコーヒーの臭いがする。頭が痛い。時間を確認すると昼の十一時だった。
 ……あー、やってしまった。
 携帯には四件のメールと七回の着信履歴。全部、担当からだった。〆切まであと一日しかない。ここ一週間ろくに眠りもせずにワープロと向き合っているが、なかなか進まない。偏った食生活と不衛生な部屋のおかげで、おとつい頃から体調が崩れた。完全に風邪だ。

「だらだら仮眠なんかとってないで、一回ちゃんとお風呂入って、あったかいご飯食べて、ぐっすり寝たらいいのに」
 声のする方を見やると、セーラー服の少女がいた。
「おま、学校は」
「サボリ。誰かさんが〆切前に風邪ひいたって聞いて。どうせ無茶してるんだろうと思って来てみたら、案の定これよ」
「誰に聞いた」
「担当の竹本さん」
 ちっ、と舌打ちすると、セーラーのリボンを整えながら少女は笑った。その顔が、意地悪だが根は優しい姉貴にそっくりだったので、血は争えないな、と苦々しく思った。
 話しかけられるまで、この姪の存在に全く気がつかなかった。どうやら本気で疲れているらしい。うぁ、と鼻水が出てきて、とっさに机のティッシュをとるが中身は空だった。やばい、たれる。
「はい、新しいの。あとここ空気悪すぎ。ちょっと掃除したから」
 彼女が差し出したボックスを受け取り、鼻をかむ。鼻の下がひりひりと痛い。これ絶対赤くなってんだろうな、と思った。
「勝手に部屋ごちゃごちゃすんな。資料もあるんだぞ」
「うるさいなぁ」
 少女は香ばしい香りをたてるコーヒーをすすり、俺をにらんだ。彼女の口に運ばれるカップは、俺のお気に入りだ。取材をかねたイタリア旅行の土産。一目で気に入って値段も確認せず買った。日本円で五万だった。
「ソファにこぼすなよ、高かったんだから」
「こんなんばっか買ってるからお金がないのよ、小説家サン。なのに今どきワープロなんて……買いかえればいいのに」
 うるせぇ、と鼻をすすった。これ以上、鼻をかむ気にはならない。
「お嬢さんにワープロの良さは解るまい、がはは」
 そう言ってみたものの、自分でも頭がうまく回らず、脳と神経が切断しまったかのように、考えていることと話すことがばらばらだった。
「コーヒー、飲む?」
 彼女の提案に、「たぶん吐くから。いらない」とだけ返す。
「おかゆ作ってあげよっか」
 えぇお前が?とあからさまに嫌な顔をすると、彼女は手を振って俺をこまねいた。
「ちょっとこっち来なさい」
 体を動かすのも億劫だったが、あとで姉貴になんと報告されるかわからない。座りっぱなしだったキャスターの椅子が、ギシ、と音を立て自由になった。少しへこんだお尻のあとが、なんとなく申し訳なかった。情けないおっさんは、女子中学生に素直に従うことにする。
 カップを丁寧に置いた少女は、ぽんぽん、と空いたソファの片方をたたき、俺はそこに座る。そして気がつくと、俺はいつの間にか横になっていた。おぉ、今の間に何が起こったんだ。
 腰あたりに感じる優しいリズムにうとうとしかけた俺だったが、無償で膝を貸し出す少女(14)に不信感を募らせる。
「おい、なんのつもりだ」
「だから、ちゃんと寝なさいって」
「いや、ちゃんとってお前……」
 その時、俺の携帯が恐怖の着信メロディーとともに震えた。
「出る?」
「いや、いいから」
 すました顔をする少女を見上げ、俺にとっても彼女にとっても痛くないよう体勢をなおした。どうして最近の子はこうも大人っぽいのか。
 書類が乱雑に積み上げられた「掃除した」らしいテーブルや、彼女がつけたのであろう、うるさい音も吐き出す加湿器を横目で確認し、俺はそっと目を閉じた。
作品名:母と子 作家名:瀬野あたる