MIST
雪が降る程の気温ではないが、風が吹くと襟元に顔を埋めて暖をとりたくなる。
並木のきれ間に木漏れ日の射すベンチを見つけて腰掛けた。日陰より幾段か温かく、暖をとるには最高の場所だった。
上着の内ポケットから出した本に目を落として独り言を呟いた。
「答えを探すには、まず問いが必要と思わないかい」
見上げた先には目を細め、こちらを見つめる男。
目を逸らさず真っ直ぐに見つめていると男は口を開いた。
「その品は高いのか」
表面的な笑いに、肩を竦めて笑い返した。
「君次第さ」
カチャリと控え目な音が男の脇からした。
値段は決まったようだ。
先程まで背を預けていたベンチは破壊音とともに砕けた。
一瞬と言うにはあまりに短い時間だ。
男は視界を覆う影の形を識別する時間は無かっただろう。
顔面を手の平で覆い、肝臓の上を正確に殴ると衝撃に耐えきれず男は短く呻いて天を仰いだ。
「私はこいつで我慢するとしよう」
男の手にあった銃を奪うと、何事も無かったかのようにその場から去った。
コーヒーの落ちる音を横に聞きながら、本を片手に革張りのソファーでくつろいだ。
コーヒーの味は別段好みではないが、この香りが好きで仕事の無い日には決まって落とす。
狭く簡素な部屋が香りで満たされる頃には怒り狂った友人が訪ねてくるだろう。
不意に呼び鈴が鳴り、自動でスピーカーに繋がった。
『ミスト!何故電話に出ない』
落雷のような怒鳴り声が耳を劈いた。
読みかけの本に栞を挟みテーブルに置き、玄関へ歩いた。
「予定より少しばかり早いな」
鍵を開け、ドアを開けるとそこには濡れそぼり憤怒した友人の姿があった。今にも掴みかかってきそうな形相をしているが、この寒さの中、雨に打たれてそんな気力は無いのだろう。
「貴様!何の為に人が大金をはたいて携帯電話を買ってやったと思っている」
ずぶ濡れのまま床が濡れるのも構わずにドカドカと部屋へ入ると、無意識か勝手を知ってか、コーヒーをマグカップに注いでソファーに腰を下ろした。
そんな友人を見とどけてドアを閉め、肩を竦めて戯けてみせた。
「ライト。私は携帯を買っては貰ったが、使い方は教えてもらってない」
一瞬呆けた顔でこちらを見た後、友人はガクリと項垂れて頭を抱えた。
「そう・・か」
電話というもの使った事のない自分にそんなモノを渡されても、使い道といえば物を探す明かりくらいにしか使えない。