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大木・妖精の国 2日目 ~一難去ってまた一難~

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 私がリーシャの元に戻っても、リーシャには何の得も無いからだ。
 リーシャは自分の意見を通す為に私を守ってくれていた。
 私という、彼女の意見を裏付ける証拠が提出された今、助ける義理は無い。そう考えるとすべて納得できてしまう。
 結局私には誰も仲間が居ないという事を再認識してしまい、悲しくなった。

 私が牢の中で落ち込んで座っていると、微かな羽の音が聞こえた。
「いいザマだな」
 やってきたのは、マーヤだった。
「どうしてここに?」
「ふふ、いい質問だな。確かにこの役所には、議論に関する目的が無い限り入れてもらえない。でも私は入れる。さてどうしてでしょう?」
 マーヤはもったいぶった言い方をして私を小馬鹿にした。やはり私を出してくれる気など、さらさら無いようだ。
「ここにはニキータを助けに来ただけ。ついでに無様な人間を拝みに来たのさ」
 私はつい言い返しそうになったが、それより少しでもこの国に関する情報が欲しかった。
 幸い、この国にも道徳に関する観念があるようなので、情報さえあれば、出られる可能性が高まると思っていたからだ。
「どうして妖精は、人間を嫌っているの?」
「どうしてって、当たり前だろう!」
「人間なんて、他の生物を力で支配する、野蛮な種族なんだよ!」
「あなたたちだって力づくで私をさらったじゃないの!」
「あれは……も、目的の為にやむを得ない時だってあるのさ!」
 マーヤはそっぽを向いて話を紛らわせてしまった。
「もういい。これから死ぬ人と話しても無駄ってものだ」
「死ぬって、まさか私は処刑されるの?」
「そうなるだろうね。これまでもそうだったし」
 私は、村で起きている事件を思い出した。
「今まで何人の人間をさらったの!?」
「さあ?私が生まれる前からだからな。今まで妖精の事を知って、生きていた人間はいない」
 私は、林で見つかった無残な死体を思い出した。
「林で見つかった死体はみんな無残な姿だったわ。あれはあなた達の仕業なの?」
「ああ。私たちが人間を『落とした』結果だろうね」
「なっ……!」
 林でたまたま見つかった無残な死体は、猛獣に襲われたのでは無く、妖精の国から落とされた結果だった。
「なんて残酷な……」
「人間に言われたくないな」
「何よ!」
 私は自分が処刑されるという事に内心動揺していたが、一歩も引かなかった。矛盾だらけの妖精の道徳に、納得がいかなかったからだ。
「こんな事してる場合じゃないわね。助けに来た私が捕まっちゃうわ」
「助けるったって、鍵は衛兵が持っているんじゃ……」
「私なら鍵なんて無くても大丈夫。と言っても、もうニキータを助ける理由も無いけど、リーダーとして仕方なく、な」
「え?」
「何でも無い……じゃあな。次に会う時はお前が処刑される時だな」
 嫌味たっぷりにそう言うと、ニキータを探す為に、マーヤはどこかに行ってしまった。

 周りが可愛らしい妖精ばかりで、実感していなかった。私はこのまま処刑されるを待つだけの身だという事をマーヤに突きつけられ、ようやく現状を理解し始めていた。
 妖精の話なんて、村で一度も聞いた事が無い。
 つまりそれはマーヤの言う通り、生きて帰った者がいないという確固たる証拠だ。
 私は怖くなった。
 善悪の道徳が狂っている事ほど恐ろしいものは無い。
 人間が虫けら同然だという道徳観が一つあるだけで、殺人でも何でもまかり通ってしまう。
 私は恐怖と共に胸の奥から湧き上がる感情に意識を向けていた。
 このまま処刑されるだけでは死んでも死にきれない。
 そう、大きな使命感のようなものを感じていた。


――その日の晩の事であった。

 マーヤに助けられたニキータは、絶望していた。
 妖精の国では、一度でも役所に捕まって投獄された者は不道徳者とみなされ、差別されてしまうからだ。更に言えば、いくら過激派と言えども、投獄されるというミスをしでかしたニキータは、帰っても居場所が無い事を思い知るだけであった。
 せっかくリーダーであるマーヤの右腕にまで上りつめたのに、その権力が瞬く間に、地に落ちてしまったのだ。
 ニキータが恨んでいるのは瑠璃では無かった。
放っておいても処刑される人間に怒りをぶつけても仕方ないと思ったのかもしれない。
 いずれにせよ、怒りの矛先は黄色い妖精、プーケに向かっていた。
「あいつさえちゃんと牢屋番をしていればこんな事にはならなかったのに……」
 ニキータは夜更けにプーケを呼び出した。3階の人気の無い建物の裏だった。
「なあに?にきーたちゃん、こんなじかんに。あいどるはよふかししちゃだめなのよ?」
 いつもの調子で喋るプーケ。
「プーケ、お前にいいものがある」
 ニキータがそう言うと、プーケの顔が青ざめた。
「もう『いいもの』はいやなの!」
 プーケが癇癪を起こした。瑠璃の『いいもの』が汚物だったのを警戒しているのであろう。
 ニキータには何が何やら分からなかったが、それもいつもの事なので問題にはしなかった。
「悪い悪い、でもとってもいいものなんだ」
「いいものってなに!にきーたちゃん、ないふもってるからこわいの!」
「ナイフなんて持ってないさ。ほら」
 ニキータは両方の掌をプーケに見せた。何も持っていないのを確認するとプーケは安心した。
「ほら、こっちに来い。他の奴に見られちゃマズイものなんだ。特別にお前にだけ見せてやる」
「うん!なになに?」
 そう言ってプーケが近寄った瞬間、鋭利なナイフがプーケを貫いた。
「うっ!」
 そう叫んだきり何も言わず、プーケは大量の血を流して地面に倒れた。
 ニキータは持っている物を見えなくする魔法を持っていた。
 妖精の国にはナイフを作る資源など無かったが、人間をさらった際、いくつかの持ち物が国には出まわっていたのだ。
「お前は前から邪魔だったんだ。ナイフの存在も知られているしな」
 ニキータは殺しが初めてでは無いような素振りだった。
 死体は放置し血のついたナイフを3階のリーシャの屋敷、リーシャがよく使っている引き出しの中にそっとしまった――