DazeDays
太股を絡めてくれて、わざとおれの口に息を吹きかけてくれて、吸って、吐いてのリズムに合わせておれと同じように動いてくれる。
煙草の匂い。汗の匂い。全部おれの中に入ってくる。
天井にはいつ落ちてきてもおかしくないってほど不自然に大きくぶら下がったシャンデリア。足先ずっと先には触れるだけで眠れそうな白いソファーがこっちを見てる。
ライトはすぐ頭の上からこの部屋の、このベットだけを照らしてる。小さくって薄い、細長タイプのやつだ。
今世界にある光はこれだけだ。
たったこれだけだ。
日本のどこを見ても、あるいは世界のどこを見渡しても、このライトが点いてるこの瞬間だけは他の場所の光は消えている。
目を細めて、おれは全く動けない。
横を向いて抱き合ったまま、そのうち涙があふれてくる。
たまらなくなって、おれは聞く。
「なあ、今日でもう会われへんのに、なんでそんな優しくしてくれぅん?」
最後の方は、声が枯れて詰まったのがわかる。これだけ密着しあってるから、嗚咽してるのが相手に絶対伝わってる。けど泣いてるなんて恥ずかしくって、だから少し不自然に、強引に彼女の首に顔をうずめる。
彼女は何も答えない。
涙で顔がぐしゃぐしゃになったおれは、もういいや、どうせ泣いてるんがモロにばれてるんなら仕方ないやってことで、開き直って、そしたら、恥ずかしさを隠そうとしてるその行為自体が逆に恥ずかしさを増してるってことに気付いて、おもいきって彼女の顔を見る。
これまでにも何度か自分の泣き顔を鏡で見たことがあった。目が異様に赤く腫れて、すっごく無様な顔だ。覚えてる。たぶん、今、彼女の瞳の中には、その無様な顔が歪んで映ってるんだろう。
彼女は、いつもの見下したような優しい顔で、おれをじっと見てる。
「まあ、そうゆうもんなんじゃない?愛って。」
別の次元で生きてるってことを改めて思い知らされる衝撃的にかっこいい台詞。
正直な話、彼女も泣いてると思った。いや、泣いてて欲しかった。さっきまでずっと、吸って吐いての同じリズムを共有してたばっかりなのに、それなのに彼女は泣いていなかった。
恥ずかしい話、おれはどれだけ馬鹿な理由で女が泣いてても、それが目の前で泣いてたとしたら多少はもらい泣きをしそうになる。
けれども彼女は泣く気配すら見せずに、だからと言って泣いてるおれから目を背けることすらせずに、ただこっちを見てる。
圧倒的な強さ、差。こいつは一体何を見てきたんだろう。何を体験し何を思って今まで生きてきたんだろう。
思考を遮って彼女は続ける。
「まあひろやも頑張りーや。」
考えが追いつかない。一体目の前で何が起こってるんだろう。一呼吸置いて、二呼吸置いて、そのうち、息を吸ってるのに酸素が入ってきてないような感覚に陥って、過呼吸になって、そしたら途端、笑いがこみあげてきて、押さえたら、オエッて吐きそうになった。もう一回深呼吸をする。
「ごめんな。全部おれのせいや。おれな、今までどうしても無理って思うことがあるとそっから逃げてきてん。いっつも自分のことで精一杯で、他人に気ーとか配ったことないねん。全くだめやんな。せっかく好きんなったのにおれの方が裏切ったよな。おれ、裏切るんだけは繰り返してんねん。そんなことしようと思ってないのに。」
言っても何も変わらないし、言ったら言っただけ価値が下がる意味のない言い訳。
気がつくと目の前に彼女は居なくって、おれは一人で座ってる。
罪悪感と、後悔と、情けなさと、とてつもない寂しさと、それから開放感。
目の前には毛布にくるまってるおれがいる。とても薄い毛布で、真冬だから寒いので、歯をガチガチ言わせながら思うことが4つある。
寒いってこと。
ここにいてはいけないってこと。
暖かいってこと。
結局またここに帰ってきちゃうんだなってこと。