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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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春をさがして

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灰色の空から絶え間なく降る雪の中、草も木もない真っ白い平原を、ふたつの影が歩いていました。
「ねえ、お母さん。まだなの?」
 小さな影が泣きそうな声で聞きました。
「もうすぐよ。もう少し」
 お母さんは励ますように答えると、雪を払いました。すると、黒く長い毛でおおわれた体が現れました。子どもはこおったまつげをぱちぱちさせてまたききます。
「ほんとうに春は来るの? お母さん」
「ええ。南へ行けばね。ほら、あっち」
と、お母さんは長い鼻で南の方をさしました。
 親子は南へ向かって旅をしていたのです。

 春が来なくなってから、いったいどのくらいたったでしょうか。
 お母さんが子どもの頃、太陽の光や春の花や木々のみどりはふんだんにありました。けれど、子どもは生まれてから一度もそれらを見たことがありません。いえ、お母さん以外の生き物にもあったことがないのです。
 地上が寒くなって、雪が降り始めたころ、生き物たちはただの冬だと思っていました。ところが、いつまで待っても春は来ません。冬はいっそう深くなっていくばかりでした。
 とうとう食べ物も少なくなり、生き物は南へと旅をし始めました。
 お母さんも、最初はほかの仲間といっしょに旅をしていたのですが、子どもを生むために途中で休んでいたのです。
「南へ行ったらお父さんにあえるの?」
 子どもは黒い瞳をまん丸くしてお母さんの顔を見ました。お母さんはそのあどけない顔を見るとほんとうのことが言えません。
「ええ、会えるわよ」
「ほんと? 早く南に行きたいな」
 子どもがむじゃきにはしゃぐ姿に、お母さんは悲しそうにほほえむと、そっと目を閉じました。
 まぶたのうらには、たくさんのたいまつの炎と、自分とおなかの子どもを守るために谷に落ちていったお父さんの姿がくっきりと焼きついていたのです。

「お母さん。急ごう。早く早く」
 元気を取り戻した子どもはお母さんをせかします。お母さんは気を取り直して子どもと歩き出しました。
 そのとき、目の前に無数にゆれる赤いものがこちらへむかって来るのが見えました。
「あ、あれは!」
 お母さんは顔色を変え、子どもを近くの小高い丘の方へ連れて行きました。
「いい? ここから南に向かいなさい。絶対お母さんの方へきてはだめよ」
 赤いものはだんだん近づいてきます。お母さんは子どもを行かせると、もとの場所へいきました。
 たちまちお母さんのまわりには、たいまつややりをもった小さな生き物がむらがってきました。

 子どもはひとりぽっちになりました。けれど、お母さんのいいつけを守って、南に向かって歩き続けました。
 くじけそうになったとき、お母さんがいつも話してくれた春のことを思い、心を奮い立たせては前に進みました。
 やがて、りっぱな牙がそろったころ、子どもは仲間とあうことができたのです。
作品名:春をさがして 作家名:せき あゆみ