ポン酢の真犯人
私はこのポン酢にとある疑問を感じていた。
「ポン酢」の「ポン」とは何かということである。つまり名前の由来が知りたかったのだ。
そこで私は我が家で使われているヒガシマルのポン酢に書かれているお客様相談室に電話をかけてみた。コール五回目ほどで向こうから若い女性の声がした。
「はい、ヒガシマルでございます」
私は女性に尋ねた。
「そちらから発売されているポン酢をよく利用しています。ところで少しお尋ねしたいことがあるのですが、ポン酢の『ポン』ってなんですか？」
女性はほんの少しだけ黙り、「少々お待ちください」と言って電話から離れた。しばらくした後受話器を取り、女性はこう言った。
「あの、そういったことはミツカンさんがよく知っていると思いますので、ミツカンさんにお尋ねください」
心の中でブッと吹いた後、「分かりました」と言って私は受話器を置いた。そして「こういう対応はＯＫなんだ」と思ってから、電話番号検索の１０４をプッシュした。
「はい、もしもし、１０４の○○です」
「ミツカンさんのお客様相談室をお願いします」
やや迂回ぎみに情報を収集しに行く私。徐々に犯人を追い詰める探偵は、やはり回り道をさせられるのだ。
そして私は手に入れた番号を慎重に押した。電話はコール二回目で取られた。今度は年配の女性の声である。
「はい、ミツカンでございます」
私はさっきと同じ事を繰り返した。
「そちらから発売されているポン酢をよく利用しています。ところで少しお尋ねしたいことがあるのですが、ポン酢の『ポン』ってなんですか？」
すると女性はこう言った。
「知りたいのですか？」
「え、ええ」
私はうろたえた。知りたいから電話をしたのである。重要参考人の女性はしばし沈黙してから慎重に口を開いた。
「では四択です」
「ええ！」
ミツカンは私を試してきた。いきなりではあったが、探偵である私はそれに挑戦することにした。
「いいですか？」
「は、はい」
私は心をしっかり持とうとした。しかし、焦っていて答えがちゃんと聞けるか不安だ。女性はそんな私の心情をよそにさっさと四択を話し始めた。
「一、ポン酢を発明したのはミツカンですが、その発明者が『ポン』と閃いたたため」
これは違うだろうと思った。いくらなんでも安易過ぎる。女性はほんの少し声のトーンを落とした。
「二、アイルランドのＰＯＭＺ（ポンズ）地方で使われている調味料をミツカンの社員が見つけてきたから」
これもどうだろうか。しかし、答えは意外と簡単なものかもしれない。女性はさらに低い声を出した。
「三、冷奴を食べていた人が醤油にポンカンという柑橘系の果物をしぼってかけたらとても美味しいことを発見した。それをミツカンに手紙で知らせてきたのを商品化したから」
これか？ 私は迷った。しかしありえそうな話である。女性は最後に悪魔のような声を出した。
「四、ポン酢を考えたのは本当はヒガシマルの社員だが、実はその社員はミツカンのスパイだったため、ヒガシマルに内緒でミツカンにそのアイデアを『ポン』と渡した。だからポン酢である」
絶対違うだろー！ 私は心の中で絶叫した。すると女性は目一杯の迫力でこう言った。
「ファイナルアンサー？」
「ファ、ファイナルアンサー！」
私は覚悟を決めた。そして。
「三！ 三が正解ですね！」
その途端、女性は黙り込んだ。長い、長い沈黙だった。答えに、答えにたどり着けるのか！ 私は唾を飲み込んだ。その瞬間。
「プツッ」
電話が切れたのである。
「ツーツーツー」
受話器の向こうからはあっけない幕切れの音が聞こえた。私は当然、怒った。
「どういうことだ！ どうして答えてくれないんだ！」
そして、もう一度ミツカンに電話をした。すると今度は先ほどとは違う女性が出た。
「はい、もしもし、ミツカンです」
「ちょっと！ たった今、電話した者なんですがね！ ポン酢の名前の由来をそちらの社員に聞いたんですよ！ そしたら四択を出された挙句、電話を切られてしまったんです！ どういうことですか！」
「しょ、少々お待ちください」
受話器の向こうではがやがやとした声が複数聞こえてきた。そしてしばらくしてから、またその女性が電話に出た。
「すみません、うちの社員が失礼しました！ 先ほどの社員は今、推理小説にハマっていまして、電話をかけてきたお客様に毎回四択を出すのです！」
私は目を細めてその人を疑った。
「で。真犯人は一体誰なんです」
私は女性に真相を確かめた。
「はい。ポン酢の名前の由来はこれです。オランダ語でＰＯＮＳ（ポンス）というのは柑橘類のことなのですが、それのお酢なので『ポン酢』なのでございます」
「じゃあ、さっきのは全部嘘だったんですか！」
すると女性は恐る恐るといった感じでこう聞いてきた。
「失礼ですが、お客様はどういった方で……」
私はコホンと咳払いをした。
「私はヒガシマルから事件を依頼された、しがない私立探偵です。この事はきちんとヒガシマルに伝えておきます。では失礼」
ポン酢。それは日常に紛れている多くの謎の一つ。これでまたふとした疑問は解決したのである。