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Reborn

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 ラーメンの何が好きかというと、良くわからない。店ごとに違う、スープの色・味わい、麺の作り、チャーシューの柔らかさや脂っこさ、野菜のさわやかさ。それらの組み合わせが私の粘っこくて分厚い食欲を上手に満たす。食欲が減退しているときでも、ラーメンと聞くだけで、食欲がふわっと頭のてっぺんまで浮かんできて、私はもうすでにラーメンを食べたかの様な気分になって仮想的な味覚すら感じる。かといって理想的なラーメンがあるわけでもなく、それぞれのラーメンは一人一人の人間のように、一枚一枚の絵のように、それぞれが魅力的でそれぞれが理想になりうるのだった。
 当時私は毎週友人とラーメンを食べに行っていた。私は司法試験浪人で実家で孤独に勉強していたし、友人は農業高校で助手をしていたが土日が暇なのだった。私は免許を持っていたが、東京暮らしが長かったことから車に乗る機会があまりなく、結局免許証はただの身分証明書となった。友人は車の運転が好きだった。あるとき友人が言っていた。
「俺が運転が好きなのは、小さい頃アレルギーで体が好きに動かせなかったからだと思うんだ。車は自由に動かせるからね。小さい頃体が動かせなかったことを、車を動かすことで償っているのかもしれないね。」
だから、毎回友人が私の家まで車でやってきて、私が乗せてもらって一緒にラーメン屋に行く形式をとっていた。
 緑色の箱型の乗用車に乗ると、友人の世界観がそこにはあった。シートもハンドルも、手前の、ものを載せたり入れたりする部分も、かけてあるCDも、何かのお土産らしく手前の上部にぶら下げてあるガラスでできた貝も、芳香剤も、速度メーターでさえも、友人の愛着をしみこませていた。どれも友人の宝であるかのようで、そのような宝物に自分が入り込むことに躊躇を覚えた。だが、他人の宝を眺めるのは他人の幸福を眺めるのと似ている。一緒にその宝を愛でればよいのだ。そう思ってからは楽に乗れるようになった。
 ラーメン屋と言っても、外観から内装からメニューから様々だ。赤を基調として店名をことさらに大きく白抜きで高く掲げる店。かと思うと、駐車場の奥の方にひっそりと居を構え、黒を基調にベージュののれんで店名がどこにあるかもわからないような店もある。ラーメン屋の中に入るときの、ある種の快い緊張が好きだった。店内はその店の支配領域であり、私たちはそんなに自由に動き回れない。公園を歩くような無駄な歩みは排除され、入口から席へと制限された道筋を、壁に貼られたメニューと値段や写真、周りの客、店員などからの圧力のもと謙虚に進むしかないのだ。
 あとは注文して食べてしゃべって勘定を払って外へ出て感想を言う。ラーメンを食べるのは口実でしかなかった。私はただ人と会いたかったのだ。人と会って思いのたけしゃべって、孤独というどうしようもなく硬いものを少しでも削れればと思っていた。私は既に孤独を発見していた。絶対に他人には伝わらない心のわだかまりが存在する。人はそれを他人と共有できないという意味で孤独なのだ。孤独を隠蔽するために人と会う。人と会うためにラーメンを食べる。孤独とラーメンはそんな風に結びついていた。ラーメンの汁まで飲んでも器は残る。その器が私の孤独だった。それでも麺やスープがなくなっただけ、孤独が減ったように感じるのだった。そうやって私は自分をだましていたのだ。

作品名:Reborn 作家名:Beamte