深海魚
夜の海辺で二人きりのランデブーといったところかな。あれは、真夏の夜の儚き夢だった。
彼はサーファーだった。なにより海が大好きだった。穏やかなひき潮も荒れ狂う波もみんな。だが、そんな彼が大好きだった海が、彼を帰らぬ人にしてしまうとは。彼の体が陸に上がることは終ぞなかった。
私は泣き続けた。私の涙が海を流れ彼の元に届くかもしれない。私は彼の名を呼び続けた。私の声が海を抜けて彼の元に届くかもしれない。しかし、そんなことは無理だった。だって彼は海の底に行ってしまったのだから。私のいる陸の上からはこの思いは届かない。
でも私にはわかる、いや感じる。彼は海の底できっと生きてる。じっと目を閉じて、耳をすませばかすかに彼を感じ取ることができた。それは遠くて小さいけど、私にははっきりとわかる。それが現実か幻かわからない。けど、私はそれに近づきたかった。たとえそこが海の底だとしても。私はふっと立ち上がり、海のほうへ歩いていく。
「今、行くからね」
海の深みへ堕ちるほどに、あなたに近づけるのなら、私は二本の足を切って魚になる。