「深淵」 最上の愛 第三章
第三章 それぞれの道
激しい揺れとごう音で目が覚めた翔太はやがて寝ていた二階が崩れて、床に叩きつけられた。天井が壊れて瓦が落ちてきて、家具が倒れて重なって気が付いたときは空が見えるような酷い状態だった。足が何かに挟まっていて動けなかったが、出せるだけの大声で、「父さん!母さん!」そう叫び続けた。
痛みをこらえて這い出そうとしたが足が抜けずにその場から動けなかった。両親は一階で寝ていたからこの様子だと早く助け出さないとダメになると気は焦った。昼前になってやっと救助の声が聞こえた。
「お願いです!助けてください!」そう叫んだ。
「生きているぞ!助けに行って来い!」そう指示をしたのは、警察でもなく、支援団体でもなく、ボランティアでもない人たちだった。神戸の町を愛し、神戸の町に生きる、もう一つの社会の人たちのグループであった。
「兄ちゃん、大丈夫か?動かれへんのやな・・・待っとり」
「父と母が下敷きになっています。助けてください!」
「解った。ちょっと待ち」そう言って男は翔太の足に乗っかかっていた家具を起こして、まず助け出した。
「歩けるか?痛いか?」
「ボクはいいです。早く両親を助けてください!」
「よっしゃ。こっち手伝え!」呼びかけに二人の男がやって来た。
「兄貴、どかしますか?」
「おう、早くやれ。下に親が居るそうや」
「そりゃ大変や」
手早く三人の男たちがやることを痛い足を引きずりながら翔太も必死になって手伝った。
「顔が見えたわ・・・」
「父さん!」
「兄ちゃん・・・あかんわ、二人とも死んでるさかいに」
「そんな!ボクだけ助かるなんて・・・」
「我慢せなあかんで、ぎょうさんの人死んでるさかいに。あんただけが悲しいのんと違うさかい」
「生きてゆけない・・・僕も死にたい」翔太はその場に泣き崩れた。
「気持ちは解る・・・けどな、助かったもんは死んだ人の分まで生きなあかんで!それが勤めや。兄ちゃんまだ若いし、ええ体つきしてるから頑張れるやろ・・・迷ったらここへ来い」
兄貴と呼ばれた男の名刺が手渡された。
合同の遺体置き場に翔太の両親は並べられていた。棺の前に座って呆然と過ごす毎日が過ぎていった。学校の再会もめどが立たない。親戚の伯父が横浜に住んでいて、引き取るような話をしてくれたが、翔太は両親が死んだこの町を出たくはなかった。再三の説得にも応じることなく、両親の位牌を胸に仕事を探して一人で生きてゆく覚悟を決めた。
やっと車が通れるまでに道路は片付けられて残された店や屋台などが並ぶようになった。ポケットに持っていた名刺を頼りに翔太は自分を助けてくれた男のところに足を運んだ。
「こんにちわ・・・戸村です」
「おう、誰かと思うたら、この前の兄ちゃんやんけ。ちょっと待ちや」顔を出した男は中に入って誰かと相談をしていた。やがて呼ばれて、奥に通されて一番偉い男と面会した。
「戸村翔太って言うんやな」
「そうです」
「ここが何してるところか解るか?」
「なんとなくですが・・・」
「なんとなくはあかんで。言葉東京やな」
「はい、父の転勤で来ましたから」
「幾つや?」
「17です」
「高校やろ、どうした?」
「親が居ないのに通えません・・・」
「夢があったやろ。ここでは叶えられへんで、ええのか?」
「頑張って生きていたのに、大切なものを失いました。当たり前に生きてても仕方ないと思います」
「若いのに投げやりやな・・・この世界もな、変わりつつあるねん。昔と違う。賢くないと生きられへん。頭ええのか?」
「京大行くつもりでしたから、それなりに勉強はしていました」
「ほう、そうか。それは賢いな・・・体付きもしっかりしてるけど、何かやってたな?」
「はい、空手やってました」
「どこまでやったんや?」
「中学の都の大会で優勝しました」
「黒帯以上やな・・・頼もしいわ。顔もええし、もてるで。この世界も今は顔や、ハハハ・・・まあ家は不細工ぞろいやから余計に目立つけどな。みんな、今日から仲間や、仲ようしたり・・・翔太、挨拶せえ」
「戸村翔太といいます。お世話になります。いろいろ教えてください」
「水島、お前世話したれ」
「はい、喜んで・・・水島言うねん、覚えてや」
「水島さん・・・お世話になります」
翔太は好んで来たわけではなかった。17歳で震災の跡地に仕事が見つかることがなかったから、尋ねてきたのだ。どうせ一人きりになってしまったのだから、もうどうでもいい、と言う気持ちも手伝っていた。
住むところも与えられて少し落ち着いた翔太は絵美のことを思いだした。
「心配しているだろうなあ・・・こんな世界に入った自分をどう思うだろう」そう考えると電話も出来なかった。もう、忘れるしかないと自分に言い聞かせた。一緒に住んでいる水島が元気の無い翔太を見て、声をかけた。
「どないした?寂しいんか。好きな女おったんやろ?ちゃうか」
「はい、居ました。東京にですけど・・・もう、会えません」
「そうやろな・・・違う世界に居るからな。俺が女紹介したるから、気落とすな」
「女は要りません・・・まだ好きですから」
「なに言うてるねん!この世界はな、男を鍛えなあかんねん。まだ童貞やろ?明日させたるから、付いて来い、ええな」
「水島さん、勘弁してください」
「あかんで、俺の言う通りにせな。組長から、お前は役に立つから鍛えてやれ、そう言われてるからな。早よう覚えな」
「どこに行くんですか?」
「山中組のシマで風俗何軒かやってるんや。そこに連れていったる。翔太は若いし男前やから、女喜ぶで・・・」
「お金ありませんよ」
「アホか!そんな心配せんでもええわ。今は何でもしたる。慣れてきたら返してや。みんなそうして来たんやから」
「はい、そうさせてもらいます」
「楽しみやろ?」
「何がですか?」
「何がって・・・初めて女、抱くんやで・・・ドキドキするやろ?」
「しません。どっちでもいいことですから」
「大物やな、翔太は・・・それとも身体に似合わず、小さいのか?」
「見せましょうか?」
「ええわ、男のもん見ても気持ち悪いだけやから」
「水島さんは、たくさん知っているのですか?」
「自慢や無いけど・・・100人は超えたぜ」
「100人!ですか・・・素人さんですか?」
「素人?ハハハ、変な事言うな。プロって居るのか?」
「風俗の人とかです」
「風俗嬢でも、お金払わんかったら、素人やで。そうやろ」
「そうですね・・・」
「ええ子見つけたら俺に言い。翔太と暮らせるようにしたるから」
「そんなことまで、面倒見てくれるんですか?」
「当たり前や。弟やでお前は。この世界ではそうなるんや」
「兄貴・・・って呼んでいいのですか?」
「おお、そう呼び・・・嬉しいわ」
「はい、兄貴!」
翔太は思っていたより人間くさいこの世界を無常の風を感じた表の世界より自分に合っていると思い始めた。
水島と出掛ける前に翔太は横浜の叔父に電話をした。
「叔父さん、ボク一人でやってゆく覚悟しました。これからは忙しくなるので連絡が出来ませんが、何かあったら住所言いますから手紙下さい」
「翔太・・・別に遠慮しなくてもいいからこちらに来い。学校出てからでも遅くは無いぞ。せっかく頭いいのに」
激しい揺れとごう音で目が覚めた翔太はやがて寝ていた二階が崩れて、床に叩きつけられた。天井が壊れて瓦が落ちてきて、家具が倒れて重なって気が付いたときは空が見えるような酷い状態だった。足が何かに挟まっていて動けなかったが、出せるだけの大声で、「父さん!母さん!」そう叫び続けた。
痛みをこらえて這い出そうとしたが足が抜けずにその場から動けなかった。両親は一階で寝ていたからこの様子だと早く助け出さないとダメになると気は焦った。昼前になってやっと救助の声が聞こえた。
「お願いです!助けてください!」そう叫んだ。
「生きているぞ!助けに行って来い!」そう指示をしたのは、警察でもなく、支援団体でもなく、ボランティアでもない人たちだった。神戸の町を愛し、神戸の町に生きる、もう一つの社会の人たちのグループであった。
「兄ちゃん、大丈夫か?動かれへんのやな・・・待っとり」
「父と母が下敷きになっています。助けてください!」
「解った。ちょっと待ち」そう言って男は翔太の足に乗っかかっていた家具を起こして、まず助け出した。
「歩けるか?痛いか?」
「ボクはいいです。早く両親を助けてください!」
「よっしゃ。こっち手伝え!」呼びかけに二人の男がやって来た。
「兄貴、どかしますか?」
「おう、早くやれ。下に親が居るそうや」
「そりゃ大変や」
手早く三人の男たちがやることを痛い足を引きずりながら翔太も必死になって手伝った。
「顔が見えたわ・・・」
「父さん!」
「兄ちゃん・・・あかんわ、二人とも死んでるさかいに」
「そんな!ボクだけ助かるなんて・・・」
「我慢せなあかんで、ぎょうさんの人死んでるさかいに。あんただけが悲しいのんと違うさかい」
「生きてゆけない・・・僕も死にたい」翔太はその場に泣き崩れた。
「気持ちは解る・・・けどな、助かったもんは死んだ人の分まで生きなあかんで!それが勤めや。兄ちゃんまだ若いし、ええ体つきしてるから頑張れるやろ・・・迷ったらここへ来い」
兄貴と呼ばれた男の名刺が手渡された。
合同の遺体置き場に翔太の両親は並べられていた。棺の前に座って呆然と過ごす毎日が過ぎていった。学校の再会もめどが立たない。親戚の伯父が横浜に住んでいて、引き取るような話をしてくれたが、翔太は両親が死んだこの町を出たくはなかった。再三の説得にも応じることなく、両親の位牌を胸に仕事を探して一人で生きてゆく覚悟を決めた。
やっと車が通れるまでに道路は片付けられて残された店や屋台などが並ぶようになった。ポケットに持っていた名刺を頼りに翔太は自分を助けてくれた男のところに足を運んだ。
「こんにちわ・・・戸村です」
「おう、誰かと思うたら、この前の兄ちゃんやんけ。ちょっと待ちや」顔を出した男は中に入って誰かと相談をしていた。やがて呼ばれて、奥に通されて一番偉い男と面会した。
「戸村翔太って言うんやな」
「そうです」
「ここが何してるところか解るか?」
「なんとなくですが・・・」
「なんとなくはあかんで。言葉東京やな」
「はい、父の転勤で来ましたから」
「幾つや?」
「17です」
「高校やろ、どうした?」
「親が居ないのに通えません・・・」
「夢があったやろ。ここでは叶えられへんで、ええのか?」
「頑張って生きていたのに、大切なものを失いました。当たり前に生きてても仕方ないと思います」
「若いのに投げやりやな・・・この世界もな、変わりつつあるねん。昔と違う。賢くないと生きられへん。頭ええのか?」
「京大行くつもりでしたから、それなりに勉強はしていました」
「ほう、そうか。それは賢いな・・・体付きもしっかりしてるけど、何かやってたな?」
「はい、空手やってました」
「どこまでやったんや?」
「中学の都の大会で優勝しました」
「黒帯以上やな・・・頼もしいわ。顔もええし、もてるで。この世界も今は顔や、ハハハ・・・まあ家は不細工ぞろいやから余計に目立つけどな。みんな、今日から仲間や、仲ようしたり・・・翔太、挨拶せえ」
「戸村翔太といいます。お世話になります。いろいろ教えてください」
「水島、お前世話したれ」
「はい、喜んで・・・水島言うねん、覚えてや」
「水島さん・・・お世話になります」
翔太は好んで来たわけではなかった。17歳で震災の跡地に仕事が見つかることがなかったから、尋ねてきたのだ。どうせ一人きりになってしまったのだから、もうどうでもいい、と言う気持ちも手伝っていた。
住むところも与えられて少し落ち着いた翔太は絵美のことを思いだした。
「心配しているだろうなあ・・・こんな世界に入った自分をどう思うだろう」そう考えると電話も出来なかった。もう、忘れるしかないと自分に言い聞かせた。一緒に住んでいる水島が元気の無い翔太を見て、声をかけた。
「どないした?寂しいんか。好きな女おったんやろ?ちゃうか」
「はい、居ました。東京にですけど・・・もう、会えません」
「そうやろな・・・違う世界に居るからな。俺が女紹介したるから、気落とすな」
「女は要りません・・・まだ好きですから」
「なに言うてるねん!この世界はな、男を鍛えなあかんねん。まだ童貞やろ?明日させたるから、付いて来い、ええな」
「水島さん、勘弁してください」
「あかんで、俺の言う通りにせな。組長から、お前は役に立つから鍛えてやれ、そう言われてるからな。早よう覚えな」
「どこに行くんですか?」
「山中組のシマで風俗何軒かやってるんや。そこに連れていったる。翔太は若いし男前やから、女喜ぶで・・・」
「お金ありませんよ」
「アホか!そんな心配せんでもええわ。今は何でもしたる。慣れてきたら返してや。みんなそうして来たんやから」
「はい、そうさせてもらいます」
「楽しみやろ?」
「何がですか?」
「何がって・・・初めて女、抱くんやで・・・ドキドキするやろ?」
「しません。どっちでもいいことですから」
「大物やな、翔太は・・・それとも身体に似合わず、小さいのか?」
「見せましょうか?」
「ええわ、男のもん見ても気持ち悪いだけやから」
「水島さんは、たくさん知っているのですか?」
「自慢や無いけど・・・100人は超えたぜ」
「100人!ですか・・・素人さんですか?」
「素人?ハハハ、変な事言うな。プロって居るのか?」
「風俗の人とかです」
「風俗嬢でも、お金払わんかったら、素人やで。そうやろ」
「そうですね・・・」
「ええ子見つけたら俺に言い。翔太と暮らせるようにしたるから」
「そんなことまで、面倒見てくれるんですか?」
「当たり前や。弟やでお前は。この世界ではそうなるんや」
「兄貴・・・って呼んでいいのですか?」
「おお、そう呼び・・・嬉しいわ」
「はい、兄貴!」
翔太は思っていたより人間くさいこの世界を無常の風を感じた表の世界より自分に合っていると思い始めた。
水島と出掛ける前に翔太は横浜の叔父に電話をした。
「叔父さん、ボク一人でやってゆく覚悟しました。これからは忙しくなるので連絡が出来ませんが、何かあったら住所言いますから手紙下さい」
「翔太・・・別に遠慮しなくてもいいからこちらに来い。学校出てからでも遅くは無いぞ。せっかく頭いいのに」
作品名:「深淵」 最上の愛 第三章 作家名:てっしゅう