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【aria二次】その、希望への路は

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7.高架水路の上で



 アテナは、アリスのオールさばきに舌を巻いていた。もともと、天才的な操船技術を見込まれて、オレンジぷらねっとに入社したアリスだったが、今日のアリスの操船は、神がかってさえいた。それは、希望の丘への高架水路に入った今も変らない。
 キレの良い操船とは、決して、派手な操船をすることではない。乗っているお客さまには、何の違和感も感じさせずに、曲がる、停まる、そして、大きな船とすれ違う、という事ができなければならない。
 そして、前から大きな船が近づいている今、お客様は誰一人として不安を持たずに、各々の会話を楽しんでいた。

 アイの視点からは、前方のゴンドラは対向船に寄りすぎているように見えた。だが、オールを握るプリマは、意図的にラインを取っているようだ。すれちがいざま、ゴンドラは、船の起こした波に乗せられて、壁の方へ押しやられる。だが、プリマは、無理に位置を保とうとはしていない。息を呑んで見つめるアイの目線の先で、ゴンドラと壁の間がどんどん狭まる。
「あ、危ない!」
 壁にぶつかりそうに見えたゴンドラに、アイは思わず叫んだ。だが、その時、水路の壁にぶつかって出来た反射波が、ゴンドラを船のほうへと押し返した。今度は、プリマは船に近寄りすぎないように位置を保つ。
 やがて、何事も無かったかのように船とゴンドラは離れていく。多分、あのゴンドラに水の入ったコップが置いてあっても、その水面には波ひとつ立たなかったんじゃないだろうか。それぐらい、ゴンドラは揺れも傾きもしなかった。
 アイには、前方のプリマが、ゴンドラのみならず、周囲の水すらもコントロールしている、まさにウンディーネ(水の妖精)のように思えた。

 感心する間もなく、今度は自分がすれちがう時が来る。さっきのプリマの操船を思い出しながら、間合いを取った。対向船が押しのける水が、波となってアイのゴンドラを壁の方へ押しやる。壁とゴンドラの隙間がどんどん減っていくのを、我慢して我慢して我慢して、あぁ、もう姿勢変えないと危ない、と思ったときに、反射波がゴンドラを船のほうへと押し流そうとする。今度は急いで位置を保持して、ふと気が付けば、対向船は後方へと過ぎ去っていた。
 安全に離合が終わったことを確認すると、どっと汗が出る。木枠の上から扇子を扇いで風を送ってくれるアリア社長に、にこっ と微笑むと、アイは気を取り直してオールを漕いだ。

 再び、前方に背の高い水門が見えてきた。さっきのプリマが、開いた水門に静々とゴンドラを進める。開きっぱなしの水門に、アイは前方のゴンドラが自分を待ってくれている事に気が付いた。
「すいません、先に行ってもらってください」
「了解!」
 電力公社の担当者に、アイが声をかける。返事を返した彼は、赤い小旗を頭上で大きく左右に振って見せる。
 彼らの合図を見て取った前方のプリマは、右手を水平に胸の下に当て、心持ち右足を後ろに下げ、まさに優美としか表現のしようが無い仕草で会釈を送ってきた。そして、水門守りに合図をしたらしく、ゆっくりと水門が閉ざされた。

 水上エレベータを抜けた後、アイは順調にゴンドラを進めた。狭い水路ですれ違う事の苦手意識を乗り越えてしまえば、割とスムーズに運航できたからだ。
 逆に高架水路では、他の運河との交差や、曲がり角などを意識しないで済む分、加速や減速をくりかえし行う必要がなかった。そのことは、重い荷物を積んでいるアイのゴンドラには、かえって漕ぎやすい条件になった。
 やがて前方に先行する、先ほどのプリマのゴンドラが見えてきた。調子に乗って、速度を出しすぎたかな、と思ったアイは、あわてて減速した。

「ペースが落ちたかな?」
 アテナは、後ろから追いついた、荷物を積んだゴンドラを目にして考えた。あれはさっきの水上エレベータで、先を譲ってくれたゴンドラだ。さりげなく、かつ、すばやく、アリスの様子に目をはしらせる。やっぱり、ちょっと息が上がっている。
 いくら天才的な漕ぎ手だと言っても、アリスはまだ経験が浅かった。クルーズのペース配分を誤り、ここにきて疲れが出始めたらしい。
「みなさま、もうしばらく進みますと、このルート最後の水上エレベータに入ります」
 さりげなく、観光案内をするふりをしながら、アリスにも伝える。
「次の水上エレベータの中で、わたくしの舟謳(ふなうた・カンツォーネ)を披露させていただきます」
 乗客がどよめく。このクルーズが始まってから、アテナは舟謳を唱ってはいなかった。それは、本来の担当であるアリスを立てる意図があったからだが、疲れてきているアリスを休憩させるためには、自分が表に立った方がよい、とアテナは判断した。
 再び、ちらりと視線を走らせると、アリスは了解のしるしに、小さな会釈をかえしてきた。
 乗客たちは、セイレーン(天上の謳声)のカンツォーネが聞けるという楽しみに、興奮した様子で語り合っている。

 最後の水門をくぐると同時に、後方のゴンドラは小旗を振る合図を送ってきた。「当方、重量物搬送中。先に行かれたし」
 アリスは、疲れ切っていたものの、最後の力を振り絞る思いで、感謝の会釈を返した。水門が閉まりきると同時に、アテナとポジションを交替して腰掛ける。だけど、お客様の手前、だらけた格好はできない。足はそろえ、背筋も伸ばし、傍目には休憩しているとは思えない姿勢を保つ。しかし、オールを手放し、腰掛けることができるだけでも、今のアリスには極楽だった。

「はぁ、かっこいいなぁ」
 前方のゴンドラをあやつるプリマの会釈を見たアイが、羨望とも憧憬ともみえるため息をついた。
「え? そうなんですか?」
 ゴンドラの舳先から、電力公社の担当者が、そんなことを言ってくる。水先案内業界に身をおかない人から見れば、プリマが綺麗にかっこよく振舞うのは、至極当然なことなのかも知れない。
「そうなんですっ!」
 でも、前を進むプリマのすごさが、他の人に伝わらないことに、歯がゆさを感じたアイは、常になくちょっと強い態度で返事を返した。

 水上エレベータの手前にたどりついたとき、分厚い水門の扉越しに、綺麗な歌声が聞こえてきた。
「あ、アテナさんの歌声だ」
「あの、セイレーンの?」
 アリスの会釈には、特に感銘をうけなかったらしい担当者だが、かすかに聞こえるアテナの歌声には、素直に感心していた。
 漕いでいた人は、アテナさんには見えなかったんだけどな。アイは、ちょっと考え込んだ。もしかしたら、ウンディーネ二人乗りのクルーズかもしれない。それはそうと、周りが囲まれている水上エレベータの中で、アテナさんの歌声は、どんなふうに聞こえているんだろう。