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【aria二次】その、希望への路は

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3.オレンジぷらねっと社員指導要領



「今日はせっかく、灯里先輩や藍華先輩に会えると思ってたのに」
 ペアからプリマへという、伝説的な飛び級昇格を果たしたオレンジぷらねっと期待のプリマ、オレンジプリンセス、こと、アリス・キャロルは機嫌が悪かった。
「よりによって、こんな日に視察ツアーを入れなくてもいいのに」
 先月から予定の入っていた、ゴンドラ協会のミーティングへの参加をキャンセルして、マンホーム(地球)高官の視察ツアーの対応に回るよう指示されたのは、昨日の夕食の後だった。
 寮の同室の先輩であるアテナ・グローリィは、アリスが今日のミーティングを楽しみにしていた事を良く知っていた。だから、代行を申し出たものの、会社の方針は変わらなかった。アテナはこのところ連続勤務が続いており、そろそろ休養が必要という判断があったからだ。
 アテナには休養を取ることが厳命され、ミーティングには、別のプリマが出席することになった。そしてアリスは、会合場所のマルコポーロ国際宇宙港の船着場を目指して、ゴンドラを漕いでいる。

 苛立ちは、如実にオールに伝わっていった。いつもなら生じさせることもない不快な揺れが、ゴンドラの乗り心地を悪くしている。いっそのこと、今日のクルーズは滅茶苦茶なツアーにしてしまおうか。そんな天邪鬼な考えをもてあそぶ。
 もっとも、自分にはそんな事を仕出かす度胸が無いことぐらい、分かっていた。苛立ちを隠して今日のクルーズをなんとかこなすんだろう。そして、後から自分を誤魔化していた事を思い出しては、自己嫌悪に陥るんだろう、という予想もついていた。
 でも、予想がついても、納得はできない。
 アリスは思った。人生の師と仰ぐグランマ、かつて姫屋のトッププリマだった天地 秋乃(あめつち あきの)なら、こんな時どうやって仕事にあたっていたんだろう?
 グランマは、穏やかに微笑みながら「苦労や辛い事なんて、人生のスパイスのようなもの」と教えてくれた。だけど、今のアリスには、そんな悟った考え方は出来なかった。
「はぁ。まだまだなんだなぁ、私も」
 自分でも気付かないうちに、内心の思いを独り言に出してしまいながら、アリスはゴンドラを漕ぐ。

 宇宙港の船着場には、余裕を持って到着した。指定された桟橋にゴンドラを舫(もや)い、ため息をつきながら周りを見回すと、こちらにやって来る一人のウンディーネに気が付いた。
「アテナ先輩! どうしたんですか? 私が出る時には部屋に居たのに」
 褐色の肌に、すらりとした長身、短く揃えた銀髪という、良く目立つ容姿のアテナは、柔らかく微笑みながら答える。
「アリスちゃんが出発した後で、別ルートを通って先回りしたの」
 アテナは、その容姿に加えて、その舟謳(ふなうた・カンツォーネ)は天下一品。ネオヴェネツィアに燦然と輝く、堂々たるトッププリマだ。これで大ドジと、突拍子も無い行動さえ無ければ完璧なのに。そう、丁度、今現在のように!
「アテナ先輩、今日は休養日だって、部長から厳命されてましたよね?」
 不安を隠せない表情で、アリスが尋ねる。きちんと普段のユニフォームを着用しているアテナは、笑ってごまかした。元からまともな返事を期待していなかったアリスは、ぶっきらぼうに言葉を継いだ。
「代わってもらわなくても、今日は私がちゃんと漕ぎますから。アテナ先輩は帰ってもらっても、でっかい大丈夫です」

 それを聞いたアテナは、ごまかし笑いを浮かべたまま返事した。
「うん。アリスちゃんには、今日はしっかり漕いでもらうわよ」
 話の意図が掴めないアリスは、黙ったまま相槌を打つ。
「だいたい、何で今度に限って、面倒くさいツアーをいきなり、アリスちゃんに振ってきたのか、ってコトなのよ」
「何の話なんですか?」
 話の行き先が見えず、問いかけるアリスに、アテナは話を続けた。
「もともと楽しみにしていたイベントのある日に、無理矢理予定をキャンセルさせて、ツアーの対応をさせる。これは、気分が乗らない日でもクルーズのクオリティを維持する練習。つまり、そーゆー会社のコンタンがあるワケよ」

 アテナは、普段ぼーっとしている割に、時折妙に鋭い事を言い出す事があった。アテナの言葉に納得を感じたアリスも「なんとなく分かるような気がします」と答える。
「でもね、こんなやり方は、単に手の抜き方を憶える事にしかなりかねないの。私は、アリスちゃんには、こんなふうに、クルーズの質を維持するやり方を憶えて欲しくはないの」
「私だって、こんな気分で仕事にあたりたくはありません!」
 思わず強く言ってしまった自分に、捉え所のない笑みを浮かべるアテナを見て、アリスは思った。自分と同じ苗字の、大昔の作家が書いた物語の猫は、こんな表情を浮かべていたんじゃなかろうか?
「だから、今日のクルーズは、手抜きのての字も出てこないような、完璧なクルーズにしちゃうの」

「は?」
 唐突なアテナの発言に、アリスは驚いた声を返す。
「もちろん、私も手伝うわ。添乗員として」
「え、え!?」
「あ、お客さまが到着したみたいね。出迎えに行きましょう」
 見ると、コンダクターに引率された、それらしい団体客がゲートを出てきていた。軽やかな足取りでそちらの方へ歩み去るアテナに置いていかれまいと、未だ不審げな表情のアリスは、あわてて後を追った。
 アテナの姿を見つけたツアー客の間に、ざわめきが走る。彼女が「天上の謳声」と呼ばれる三大妖精の一人、アテナ・グローリィなのか。
「おはようございます、セイレーン」
 訝しげな表情で、コンダクターが挨拶してくる。今日のツアーは、オレンジプリンセスの担当のはずだけど?

「お早うございます、皆様」
 この上なく爽やかな笑顔で、アテナは挨拶を返した。そんなアテナに、コンダクターが恐る恐る尋ねる。
「あの、よろしいですか、セイレーン?」
「はい、なんでしょう」
「今日のクルーズは、オレンジプリンセスが担当してくださるはずでは?」
 ツアー客には、今日はオレンジぷらねっとの期待の新人、オレンジプリンセスのクルーズ、という事前説明をしてある。だが、今ここで三大妖精の一人である、アテナの姿を見てしまっては、アテナにクルーズを担当してもらいたがる客が出てくるかもしれない。
 コンダクターの表情には、どうやってツアー客をなだめようか、という不安が浮かんでいた。
「はい。本日のクルーズはオレンジプリンセス、アリス・キャロルが担当いたします」
 そう答えながら、アテナは手振りでアリスを紹介する。アリスは、営業用の笑顔を作って一礼した。
「そして、わたくし、アテナ・グローリィが添乗員を勤めさせていただきます」

「おぉーっ」
 それを聞いたツアー客の間からどよめきが上がる。だが、コンダクターはひきつった顔になり、周りに聞こえない程度の小声で、アテナに食い下がった。
「あ、あの、セイレーン、チャーターフィー(ゴンドラの貸切料金)は …… 」
 ウンディーネが2名になったら、貸切料金はハネ上がる。それも、セイレーンとオレンジプリンセスというランクの高いウンディーネのコンビだと、いくらになるのか見当も付かない。