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【aria二次】その、希望への路は

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1.はじまりの朝に



 アリアカンパニーの朝。
 事務所で、ぱたぱたと書類を片付けていたアイに、灯里が声をかけた。
「アイちゃん、今日はオフ(休業日)なんだから、ゆっくりしてていいんだよ」
「あ …… は、はい」
 少し口ごもりながら、珍しく私服姿のアイが返事をした。デニムのパンツにカッターシャツという、いかにも動きやすそうな服装。ショートヘアのアイが身に付けると、ボーイッシュないでたちにも見える。
「でも、灯里さんは今日もお仕事ですし ……」
 いつも通りユニフォームを身に付けた灯里は、バツの悪そうなアイの言葉に、微笑みを返した。
「仕事と言っても、ゴンドラ協会の会合だし。普段会えないお友達と、お話ししに行くようなものよ」

「は、はい」
 歯切れ悪く返事したアイを、灯里は優しく見遣る。
「修行は大切なことだけど、それに追われてちゃダメだよ」
 休業日だけど、今日もゴンドラの練習をするつもりなのだろう。私服のくせに、オールを握るための手袋を両手にしっかりはめている。そんなアイに語りかける灯里の口調と表情は、小言というよりも、心配のそれに近かった。
「上手な操船や口上も大切だけど、ウンディーネの仕事はそれだけじゃないんだから。修行や仕事とはちがう気持ちで、この街に接して、素敵なものを見つけていかなきゃね」
 灯里の優しい目線に、なぜか顔を赤らめたアイが、頷いて応える。その様子を見た灯里は、アリア社長に声を掛けた。
「社長、アイちゃんが無理しないように、気をつけてあげてくださいね」
「にゅっ! にゅっ!」
 まかせて と、言わんばかりに、アリア社長が手を振って応える。その能天気な安請け合いに、灯里は少し不安そうな顔になった。が、すぐにその表情を消すと、再び優しい笑みを浮かべる。
「じゃ、行ってくるね」
「はい。行ってらっしゃい」
 ゴンドラで桟橋から漕ぎ出る灯里を、アイは手を振って見送った。

 …… ふぅ
 大きな白いゴンドラを操りながら、綺麗な轍を残して遠ざかる灯里を見つめ、アイは思わずため息を付いた。漕ぎといい、接客といい、自分とはかけ離れた技量を持つ先輩のことを想う。そして、手袋をはめた自分の両手に目を落とす。
 両手袋の見習い(ペア)である自分には、お客さまを乗せてゴンドラを漕ぐことが出来ない。せめて、片手袋の半人前(シングル)になって、少しでも灯里の手助けが出来るようになれば、どんなに素敵だろう。
「ぷいっ、ぷいぷいっ!」
 物思いにふけるアイに、アリア社長が呼びかける。その声にはっと我に返って、ひとりごちた。
「うん。悩んでたってダメだよね。今は頑張って練習あるのみ、ですね」

 手早く戸締りを済ませて「閉店中」の看板を掲示すると、アイは自分のゴンドラへと向かった。猫にあるまじき足音を立てて、アリア社長が彼女の足許に嬉しげにまとわり付いている。
 アリアには、今の自分たちが灯里の言いつけを破っている、という事は分かっていた。だけど、アリシアの言いつけに背いて、オフ日に練習していた灯里に付き添っていたのは、つい数年前のことだった。その前は、グランマの心配を余所にゴンドラを漕いでいたアリシアと一緒だった。
「さ、行きましょうか、社長」
「ぷいぷいっ」
 自分のゴンドラに乗り込んだアイは、アリアに呼びかけると舫綱を解き、今日も練習へと漕ぎ出した。