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零時前のヒール

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おまけ3 寿司屋にて



 シュテルンビルトを守るヒーローの一員、折紙サイクロンでもあるイワン・カレリンは今、猛烈に困惑していた。
 簡潔に現在の彼の状況を説明すると、いきつけの日本人がやっている本格的な寿司屋で食事をしていたら後から入ってきた日系人もしくは日本人の男性に隣に座ってもいいか声をかけられ返事をする前に隣に座られそしてそこで注文を始めた挙句こちらをちらちら見てニコッと笑いかけてくる。
 極度の人見知りを自負するイワンには最も効果的な精神攻撃の一つかもしれない。現にイワンは今混乱のあまり男と目を合わせないように一心不乱に醤油にワサビを入れて混ぜ合わせている。
 以前どこかで会ったのだろうか。
 単にお喋りが好きなだけか。
 それとも、ま、まさか、自分が折紙サイクロンってバレてるとか?!
 自分の想像に悲鳴をあげそうになったがなんとか喉の奥で押し殺し、イワンはワサビが溶けきれず飽和している醤油の中にかっぱ巻きをぶちこみ、咀嚼して、盛大にむせた。

「あぁ、もう、あんなにワサビつけるからだよ。てっきり好きなのかと思って放っておいたのに」
「えふっおふっは、は、はぁ……あぁ、づ、づみまぜ……ひぐっ」
「無理しない無理しない。すみません店員さん、おひやひとつー」

 涙目でひぃひぃと呼吸しながらひたすら謝罪するイワンの背中を先程と変わらぬ笑顔でさすり彼の為に水を注文してくれる男性に、イワンは感覚の大部分で辛さと戦いながらも頭の片隅で何ていい人なんだと感動していた。
 困惑、いや恐怖が消えたわけではないが。
 そして店員が持ってきた水でかっぱ巻きを流し込み、コップをカウンターに置いたまましばらく下を向いていたイワンだったが、一度大きく息をつくと、辛さで引きつる顔の筋肉を無理矢理動かして男に笑いかけた。

「すみません……有難うございました……」
「はは、いや、お礼なんかいいよ」

 にこり、と笑う男性にイワンはその時一瞬後光が見えたという。
 彼がむせた一因が男性にあることをすっかり忘れている。
 しかしそれで彼は今まで自分が成し遂げられなかったことをした。

「あの、貴方は、日本の方ですか?」

 素顔の状態の時に、見知らぬ人間に自分から声をかけるという偉業を成し遂げたのである。今は獄中にいる彼の友人がもしこの話を聞けば衝動的に後ろに宙回りを決めるぐらいこれはイワン・カレリンの人生にとって記念碑ともいえる瞬間であった。
 まさかそうともしらぬ男性は器用に箸を使いながらトロに軽く醤油を付ける。

「うん、そうなんだ。ちょっと日本の友人と喧嘩してね、こっちの友人のところに跳び出してきちゃったー、って感じ?」
「はぁ……」
「んー、やっぱりトロはおいしいねぇ。トロらぁぶ!」

 おいしそうに寿司を口に入れてそういう男性の寿司皿を見ると、見事にトロ、トロ、トロ、とトロが三つ並んでいた。置き方から見ると最初は六つ程ならんでいたのだろう。ここの寿司屋はヒーローとして職を立てていて能力からも賠償金がほとんどないと言っていい自分だからこそ手がのびる店であり、しかもその店のトロなんて自分へのご褒美に時々二貫頼むのがせいぜいだというのに……!
 やっとこさその男性が一般的な日本人観光客とはずれているのかもしれないということに気付いたイワンだが、自分もはたから見れば少年ともいえる年齢でこの店のような高級店を行きつけとしている少しずれた人間であることに気付いていなかった。
 ゆっくりトロを一貫食べ終わった男性を慄きつつ横目で見ていると、男性と目があってイワンは喉の奥で小さく悲鳴を上げた。

「そういえば、君。日本好きなの?」
「え」
「いや、そのジャンパーとか滅茶苦茶日本アピールしてるじゃない」

 ぎょっとして自分の背中を見ようとして、それは叶わなかったもののイワンの脳内には自分の今着ているジャンパーの絵柄が思い出されていた。少し濃い菫色の、着物を着た女性が描かれた自慢のジャンパーだ。少し値段は張ったものの、一目惚れして購入してしまいそれ以来ずっと愛用しているものである。買った時にはもしかしてこれを着ていたら自分と同じように日本が好きな人に声をかけられて友達になれないかなぁ、なんて夢見ていたものだ。
 実際には『日本が好きな人』ではなく日本人に声をかけられたわけだが、夢が現実になり、イワンは更に混乱した。

「え、あ、はい。好きです。すごく好きです。日本の文化が、その、侍とか、忍者とか、大好きで、ええと、桜最高ですよね、神社やお寺にもいってみたいし、その」
「ああ、本当に大好きなんだ。嬉しいなあ。もしかしたら日本語喋れたりする?」
「『勿論でござるよ』!」

 混乱がきわまりヒートアップした頭でどんどん早口で喋っていたイワンは、急に静まり返った店内に我に返り、自分が大声を出したことに気付き、すぐに身体を縮ませた。

「……すみません、うるさくって……」
「いや、全然大丈夫だから、心配しないで。いやぁ、驚いた。俺、職業柄色んな外国人と喋ったことあるんだけれど、君ほど上手な人にはそうそうあったことがないよ。まぁ、語尾はおいておいてね」

 そこでやっとイワンは先程自分が折紙サイクロンの口調になっていたことに気づき、顔を青くしたり赤くしたりしながら更に体を小さくする。

「……ご、ごめんなさい」
「はは、そんな謝らないでよ。俺も日本にいたころはあまり考えなかったんだけれどさぁ、やっぱり海外に来て、日本が愛されてるとすごく嬉しいな。ふふ、ちょっと奢っちゃおう」
「そんな」
「すみません、中トロ巻おねがいします」

 目の前で黙々と魚をさばいていた白髪まじりのおじさんがコクリと頷き、その一連の動作に「Oh、SHOKUNIN!」とイワンがいつも通り感激して見入ってる間に隣の男はもう一貫パクリと口に入れた。

作品名:零時前のヒール 作家名:草葉恭狸