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炎舞  第一章 『ハジマリの宴』

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「朧! あなたココで何やってんのよ! 姉さんと追い込みしてたんじゃないの!?」
「いえね、緑子さんだけでも大丈夫そうでしたんでお任せして来ちまいやした。無断でですけど❤」
「お前……三途の川見るぞ……」
 あっけらかんと言う朧に、風間が呆然と言葉を投げつけた。
「追い込みってどこからかけてるんだっけ?」
「銀座からですから、もう間もなく着く頃合いかと」
 美世の答えを返し、長めの前髪を無造作に掻き上げながら自分の来た方角へ視線を上げる。
「……例の男はどうだった? 肌で感じたんでしょ、奴の『氣』を―――」
 低く問いかける嵐に、朧は目線だけ彼女へずらした。そのまま少し考えるように瞬きを繰り返した後、彼は、
「まぁ実際やりあってみないとわかりやせんがねぇ、とりあえず私が確実にお伝えできることは、油断すると即、死ぬことだけですかねぇ」
 またもやあっけらかんと言い放ち、笑う。しかしいつもの掴み所のないその瞳には、珍しく真剣そのものの色が浮かんでいた。
「チッ、大袈裟なんだよ」
 朧の言うことが気に食わないのか、言い捨てて風間はペッと唾を吐く。不満を表す彼の様子に、朧の口の端が「にぃ~」っと吊り上がった。
「ふふふっ…勇敢なのはいいことですよ、坊」
 何が楽しいのか、人を食ったようなその態度。昔から、こいつのこういう表情が死ぬほど気に食わない風間は、たちまち沸騰寸前となるが、こんな時に掴みかかるわけにもいかない。黙って、背を向けた。
 風間の後ろ姿を眺めながら、朧の細い目が更に細まる。
 ――――その時。
 地面が鼓動を打ったかのように震えだした。ブランコは小刻みに揺れ、歪に捻じ曲がった木の震える姿は巨大な幽鬼を思わせる。
 続いて、どこからか足元を這うように発生した霧が公園全体を漂う。普通の霧ではないことは、含まれている「陰湿」さから感じとれる。
「これはっ―――」
 嵐が口を開いた時、鈴の音が遠く、空から聞こえた。顔を上げた時には、金色の鈴を結んだ矢を彼女の瞳が捉えていた。嵐の横を通り過ぎようとする矢を、瞬時に掴んで確認する。
「合図の鈴!」
 嵐が叫ぶと、風間と美世の表情がさっと変わった。
「やっとかよ」
 太い犬歯を剥き出しにして、風間が悪童のように笑う。その様子を見て、「子供なんだから」と短い溜息をつきながら嵐が苦笑した時。
 ぶうんっ…!
 頭上で、重い風の唸りがするのを聞いた。鋭く、顔面に叩きつけてくるような烈風。
(――――死ぬっ)
 理屈でない、刹那の思考の閃きが、そう告げる。同時に、後方へ勢いよく跳んで「なにか」を避けると、嵐は懐から素早く取り出した物を、投げつけた。
 キンッ!キンッ!
 金属と金属がぶつかり合う音――――。
「三日月型の刃……鎖で操ってるのね」
 自分を襲ったものを視認した嵐の足元に、弾き返された菱形の小刀のようなものが二つ、地面に突き刺さっていた。先程投げた、主に忍がよく使うとされる、投げくないである。
 霧の中を縦横無尽に飛ぶ三日月の刃は、嵐達を翻弄しながら攻撃して来る。
「――――っ、なめんじゃねぇっ!!」
 風間が怒鳴りながら、右手で空を薙ぎった。すると、流れていた風が意志をもったように彼の手の平に集束し、長い棒のようなものを形成していく。
「うるぁっ!!」
 ギイィィン!!
 二つの刃が噛み合う、鋭く重い音。青白い火花がわずかに飛ぶ。
 翻弄する刃を払ったのは、自分の身体ほどもあろうかという、風間が手に持つ十文字槍だった。風によって形成された槍の刃には細工彫刻が施され、柄は黒の漆塗り。そしてその後部には翡翠が埋め込まれている。
「野郎っ! どこだ!」
「見つけて、ガルーダ!」
 美世が右手を振り上げると、肩に乗っていたガルーダが勢いよく羽ばたき、霧を通り抜け空へ舞う。

「肉体を捨て、蘇りし亡者達よ……己が悟りし無常をここに示せ」

 低く落ち着いて、凛とした張りのある、男の声。
「!?」
 聞き覚えのない声と呪文。嵐がハッと振り向くと、凄まじい勢いで漆黒の煙が地面からいくつも噴き出していた。そしてその煙は、歪んだ人の頭部の骨を形作り、大きく開かれた口から獣のような声をあげる。それが宙を漂う様は、まるで首が己の身体を探し求めているようで不気味だった。
「亡者…! しかも怨霊だ!」
 奈落を思わせる、底の見えない目を持つ怨霊達は、生者に対して敵意と悪意しか持たない。唱えられた呪文により召喚されたここ一帯の凶悪な霊達は、次々と嵐達を襲って来る。
 グエエ!
 空からガルーダの甲高い声が響き、必死に応戦しているのがわかる。しかし、数では圧倒的に不利なのは確かだった。
「おいっ朧! お前の結界でこいつらを封じこめらんねえのか!?」
 今いる自分達の中で、結界の知識や力に関する能力は朧が一番高いと判断し、風間は霊を薙ぎ払いながら彼に叫んだ。しかし――――。
 一向に返事は返って来ない。
「おいっ、おぼ―――」
 痺れを切らして風間が振り返ると、そこに朧の姿はない。辺りを見渡しても、あの飄々とした狐顔は、化かしたようにドロンと消えていた。
「あ……あのクサレ野郎~!! 帰ったらオクトパスホールドかけてやる……!!」
 怒り心頭の風間は八つ当たりの如く、霊を斬りつけていく。
「――――切りがないわね。大丈夫?」
 嵐が後ろに立ち、くないを構えつつ聞いてくる。
「大丈夫も何も、朧は消えるわ姉さんはこねぇわ、どうすんだよ!?」
「どうするも何も―――っ!」
 悪霊が彼女の姿目がけて、接近していた。瞬時に辺りを確認し、嵐は身を翻しながら霊が三体密集している所へ、無造作にするりと入り込んでゆく。計四体の悪霊が、たちまち嵐へ殺到して来る。しかし、嵐は微笑を浮かべて空へ舞った。悪霊達の攻撃が空を斬り、隙が集まった瞬間に風間の槍が滑り込む。瞬く間に、四体の霊が爆ぜた。
 打ち合わせもなしの、阿吽の呼吸。
 嵐と風間はそれが当たり前のように、会話を続ける。
「合図の鈴が届いたんだから例の男はここに来ているはずよ。捜して捕まえるの」
「まさかこの悪霊達を囮にして逃げたんじゃねえだろうな? あり得るぜ」
 軽い身のこなしで霊の攻撃をすり抜けていた美世が、霧で隠れていた二人の姿を見つける。
「あ、よかった~! 二人共無事だったんだ~!」
 無事な姿を見て安心した美世は、にっこりと笑いながら二人の元へ駆けようとする。だが、
「あっ…」
 嵐の後ろで、霧の中を一瞬、揺らめいた影を捉えぴくんと身をすくめた。
 (緑子ちゃん…?)
 美世が何気なく、〝姉さん〟と呼ばれる彼女の名を呼ぼうとした瞬間――――。
 霧が一瞬で、晴れた。
 美世の顔が凍りつき、風間が嵐に向かって叫ぶ。
 時が止まったようだった。今すぐ逃げろと、本能が警告を上げている。しかし、得体の知れない焦りは、背中を冷たい汗で濡らしていくだけ。絶え間なく突き上げてくる焦燥こそ、紛れもない、恐怖。
 震える自分を叱咤して、嵐は―――――。
 振り向いたその先は、時間など止まっていなかった。