猫電話
猫電話
弁当を買いに行くところだった。外から秦野がドアを閉める直前に、何かが部屋の中に突入した気配だった。それに気付いたのと、部屋の中に鍵を置いたままだったことに気付くのと、ほぼ同時だった。
こうなると、弁当を屋外で食べるしかない。合い鍵は家主が持っている。秦野は公園で弁当を食べてから、家主のところへ行くことにした。自転車の前かごにはバッグを入れてある。その中には小説の文庫本と、財布と、ポケットティッシュと、携帯電話が入っている。
弁当屋には十人前後の客が居た。焼き魚弁当を注文した秦野は、椅子に座って小説を読み始めた。十ページも読んだとき、弁当屋の中は秦野だけになっていた。
「百二十一番はまだですか?」
「焼き魚?お宅に届けましたよ。届けてほしいって、電話があったから」
弁当屋のおばちゃんはそう云って笑った。秦野は先程自分の部屋に、何かが突入したような気がしたことを思い出した。その何かが電話したらしいと、秦野は思った。
「もしもし、秦野さんのお宅ですか?」
「はい。秦野は留守にしています」