長夜に憩う双子の月
ベッド上を移動してベッド左の壁の窓を開けた。途端に風が室内に流れ込む。決して涼しい風とは言えなかったが、汗ばんでいた身体には心地よかった。肌を撫でて通る感覚が気持ちいい。視界が利かない代わりに直接風に触れているようだ。
風が煽った髪を掻き上げ、窓枠に片肘をついた。真正面の夜空に満月が見えた。住宅地のまばらな明かりを下から受けながら、星の見えない空に一つだけの光。都会近郊の明るさの中では月は独りぼっちだった。
「寂しくねえのかねぇ……」
思わず呟いた言葉はまるで問いかけのような響きだった。もちろん月から返事があるはずもない。誰に聞かれることもない独り言は、そのまま自分に返ってくる。人の動いている気配のない静寂が急に重みを伴って部屋に落ちたような気がした。寂しくないのかって……そりゃ寂しいにきまってるよなあ。独りぼっちじゃ話をするにも足りねえよ。
ふと口の端に微笑が浮かぶ。視線を落として一つため息。それからもう一度空を仰いで問いかけた。
「それともアンタは、そんなのにも慣れちまってるのかねえ? ずーっとそこにいるんだから」
応えはない。当然だ。
風が吹く方向を変えた。優しく肌に触れていた感覚が遠のき、部屋の空気が停滞する。気だるい熱が身体を包んだ。窓は開いているのに部屋に閉じ込められている感覚。どこにもいけない。届かない。
焦るように両手を伸ばした。指の先を風が掠める。手のひらで風を掴むようにしてみても、手の内には何も残らない。それでも確かに触れた感触が残る。それに安堵するなんて、酷い感傷だ。
「はは、くっだらねえ」
窓枠の外に腕を残したままだらりとうなだれた。髪が重力に負けて顔にかかる。その拍子に眼鏡が外れて落ちていった。とっさに手を掴んだが、眼鏡は掠りもしなかった。数秒してアスファルトに当たる音。二回以上音が聞こえた。あー、壊れたな。
握っていた手を開き、窓枠に手をかけて上体を起こす。軽く目眩がしたが数回の瞬きで収まった。
ふと顔を上げ、そして無意識に呟いていた。
「これは……まあ、なんとも贅沢な光景だねえ」
空に、大きく二つの満月。隙間を開けずに隣合っていた。ちょうど、お互いが寄り添うような格好。綺麗だ、まずそう思った。そして感嘆の息が漏れた。それから段々と笑いがこみ上げてくる。
「いやいや、それなら寂しくもないよなあ」