娘が明日、沖縄に行く。
何年前だろう? ああ、去年、勤続20周年だったから、21年前か。就職1年目の新人研修で、沖縄に行った。
別に自慢ってわけではないが……、その実、ちょっとは自慢なのだが……、誰でも行けた訳ではない。……運が良かっただけかも知れんが……。
たった1泊しただけだ。当然、夜は、街に繰り出すことになった。(スイマセン。見栄張りました。私、そういうことしたこと、ありませんでした。噂にしか聞いたことのない「ディスコ」なるものに行くと言うので、心躍りました。……あ、あの頃は、あくまで「クラブ」じゃなくて「ディスコ」でした。)
人数が多かったので、数台のタクシーに分乗していくこととなった。(そこで、あんなことしなけりゃなー)いつもは自己中心な私が、なぜか、その時は、控えめに、他人に先を譲り、結局、私を含めた3人で最後の1台に乗った。
乗って、初めに驚いたのは、沖縄のタクシーの初乗り料金の安さだった。鉄道が無い分、安いのかな? と、思った。
さて、待ち合わせの場所で、タクシーを降りると、誰も居ない。1人も居ない。痕跡すらない。しかし、そこで、おいてきぼりを食った事実を実感する前に、「あぁーーーっっっ!!!」とでも表記したい大声が、私の耳に突き刺さった。
声の主は、一緒にタクシーでやって来たHさん。
「どうしたんですか?」
聞きたか、なかったが、聞かないことには、始まらない。
「ホテルの鍵をタクシーの中で落としました」
「フロントに預けなかったんですか?」
「ええ」
「でも、くれぐれも持ち出さないように言われましたよね」
「はい」
「だけど、持って来ちゃったんですね」
「はい」
「……ホテルに戻りましょうか」
「すみません」
まぁ、ケータイはおろか、ポケベルすら、普及していなかった時代だ。どの道、後を追って合流なんて、不可能だったのだが、未練がましくする時間くらい欲しかった。
ホテルに戻るタクシーの中で、Hさんに聞いた。
「運転手さんの名前が分かるといいんですがね」
「あっ、分かります。覚えてます」
Hさんは、助手席に乗っていたので、目の前に名札が有ったのだ。
「へぇ、それでも、凄いですね」
「でも、タクシー会社の名前が分からなくて……」
「ああ、私、覚えてます。ジャイアンツ・タクシーです」
沖縄って、巨人ファンが多いのか? と、奇異に思ったので、記憶に残っていたのだ。
さて、ホテルに着き、事情を話して、謝って、ジャイアンツ・タクシーに電話してもらうことにした。しかし、ホテルの人が言うには、ジャイアンツ・タクシーは、とても小さなタクシー会社なので、なかなか電話が繋がらない、とのことだった。
そして、それは、本当のことで、1時間以上フロント前のロビーで待ったが、結果として、ホテルの人に、「どうしても電話が繋がらなかった」と、言われた。
さて、困った。どうしよう。その時、名案が閃いたのさ。
「こうなったら、道路に出て、なんでもいいから、ジャイアンツ・タクシーを1台捕まえて、無線で会社に連絡してもらいましょう」
しかし、さしものレアものタクシー。なかなか通りかからない。とはいえ、30分以上待っただろうか。1台のジャイアンツ・タクシーがやって来た。しかも、「空車」の表示。死に物狂いで止める。Hさんが、勢い込んで助手席のドアを開けてもらい、中に頭を突っ込む。
「実は、さっき、ジャイアンツ・タクシーに乗って、ホテルの鍵を……って、あーっ! あなたはさっきの運転手さん!」
こういう、要らんところで運を使うから、欲しいところでツキが来ないんだろうな。その運転手さんは、さっき乗ったジャイアンツ・タクシーの運転手さん、その人であった。
「これでしょ」
と言って、運転手さんは鍵を返してくれた。
てこずった割に、最後は、劇的にあっけなかった。
でも、まあ、Hさんは上機嫌。
「お礼におごらせて下さい。たしか、プールサイドにビヤホールが……」
無かった。
「じゃあ、中のレストランで……」
閉まってた。
自動販売機で買ったオリオンビールを、男3人で、ツマミも無しで、ちびちび飲んでいると、ディスコに行った奴らが帰ってきた。
「いやー、楽しかった!」
その後、とうとうと、いかに楽しかったか、話していた。
「どうして来なかったの?」でも、「来れば良かったのに?」でも、なかった。完全に、数に入ってないことが良く分かった。
えっ? ディスコに行った事が有るかって? いや、結局、無いんだけどね。
なんだよ。その、意味深な「ふーん」は……。
はぃはぃ、分かってますよ。ディスコなんて、柄じゃ、ありませんよ。
まぁ、おまえは、ガッツリ楽しんでおいで。あんまり見苦しくない程度にね。
(おしまい)
作品名:娘が明日、沖縄に行く。 作家名:でんでろ3