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ラスト・ラブ・ソング

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夕方。汗のにおい。彼の頬を伝う一滴のそれが、首筋から胸元へ落ちていく。
暮れていく空は黒をまとって、夏の終わりの熱気をここへ連れてくる。手に手に楽器を持ち激しく奏でる男たちも、この狭苦しい小屋のようなライブハウスに集まった若い男女も、それぞれに熱気を放っているもんだからたまらない。今すぐ冷たい11月の雨を浴びたい。そうしないとこの衝動はおさまらない。舞台の上で、ライトを浴びて、一心に歌う男がこちらを見た気がした。ここからじゃそんなもの見えやしないのに、彼の黒いまつげにふちどられた色の薄い瞳が俺の心までのぞいているような気がして、しらずに鼓動が速まる。一気に世界が遠ざかる。一点。あの一点だ。筋肉質の日に焼けた体、荒削りな頬、乾いた唇からもれだすあのかすれた声。どんな色にも染まってみせる鋭いその瞳。持ってゆかれる。俺のすべてが。ぞくり、と痺れに似た感覚が背中から体中を犯していくのを止められない。左手に持ったグラスが震えた体に合わせて揺れた。中に入っていた液体がすこしこぼれる。なあ、なあ、俺はあの日言えばよかったのかな。あんたを抱きたいって、そう言えばよかったのかなあ。なあ、あんたは残酷だよ。あんたのギターに触れた俺の指先が、あんなにも震えていたのをしっていて、あんなふうに笑いかけるなんて。
「最後のライブだけは見に来てくれよ」
なんて、あんたに頼まれたら俺が断れないことくらいしってたくせに。
曲は終盤に差し掛かろうとしていて、メンバーの演奏にも力が入っていくのがわかる。この間奏が終わったらサビだ。歌詞はたしか、そう、「僕が先へいくそのときが来ても、君は泣かないでいて。わらっていて。」
なあ、あんたはそれを誰に望んだんだよ。
彼のかすれた特徴的なシャウトが聴こえてきて、俺は舞台に背を向けテーブルに突っ伏してすこし泣いた。バカだろ、泣かないなんてムリだよ、だって俺は、俺はあんたが、
「…バカだろ」
つぶやいた言葉はあいつに向けたものなのか、それとも俺自身に向けたものなのか、自分でもわからなかった。ただひとつたしかなことは、あいつがどこへ行っちまおうと、俺はあいつを好きだってことだ。



「ありがとう、さようなら!」あいつが枯れた声でそう叫ぶのが、ひどく遠く聞こえた。


作品名:ラスト・ラブ・ソング 作家名:坂下から