Death Communication.
今日も、陰湿ないじめは続く。
6月7日 8:10
彼女は声をかけられた。
「ゆーりこっ」
彼女は顔をあげてしまった。
それが始まりだった。
文庫本を読んでいた彼女の頭は、次の瞬間にはもう、綺麗な黒髪ではなくなっていた。
「頭、フケだらけだよぅ?」
突然の事に、誰もが驚き、誰もがひいた。
それから彼女は、フケ女と呼ばれるようになりました。
『ああ、ゆりこ?あいつキモいんですけど』
「え?でも美和ちゃん友達だったんじゃぁ…」
『はぁ?ちょっと萌恵、いつあたしがアイツと友達になったの?』
「あ、ご、ごめん。いつも話しかけてたから、てっきり……」
『もーっ、そーゆーのやめてよねー!』
「ごめんね」
『あ、気にしないでー。あたしも変な勘違いさせちゃったみたいだしぃー』
「あはは、ほんとごめん。じゃ、明日ね」
『ん、ばいばーい』
6月13日 12:30
「さ、触らないで、フケが移っちゃう」
ひきつった笑顔で、触れてきた桃原ゆりこに言ってしまった。
「あははははははははっ!!」
「萌恵ナイスー!」
「きゃははははっ!」
6月24日 15:00
フケ女がなじみ始めた。
「あたしさぁ、あのこ嫌いなんだよねぇ」
始まった。
「伊藤さん?」
「そうそう、いっつも一人でいてさぁ、バカとはつるみませんって顔してるし」
「あっ、わかるー!」
「でしょ?さっすが理恵ー!」
「ずーっと自分の席にいるじゃん。まじキモくね?」
「わ、私も……伊藤さん、嫌い」
「なに?萌恵も?」
「う、うん!プールの授業とかさぁ、ガチ泳ぎされても困らない?」
「たしかにー!」
「「きゃははははっ」」
藤堂萌恵の日記
6.7.
城沢美和は、満面の笑みで桃原ゆりこに話しかけた。
文庫本を読んでいた桃原ゆりこは、顔をあげた。
その瞬間。
いったいどこで集めたのか、瓶いっぱいに入ったフケを、桃原ゆりこの頭にぶっかけた。
「頭、フケだらけだよぅ?」
そういって、城沢美和は、何事もなかったかのように、友達グループの中に戻っていった。
また、桃原ゆりこも、何事もなかったかのように、そのまま文庫本の続きを読み始めた。
桃原ゆりこは、フケ女と命名され、いじめのターゲットとなった。
6.13.
ついに私も、いじめグループの仲間になってしまったみたい。
城沢美和のつくったワナにまんまと引っ掛かった桃原ゆりこ。
バランスを崩した彼女は、前のめりに転びかけ、座って飯田理恵と話していた私の肩に触れた。
私はその手をちらりと見て、ひきつった、見下すような笑みで言ってしまったのだ。
「触らないで、フケが移っちゃう」と。
城沢美和は爆笑。
飯田理恵は、私に親指を突き出した。
少し心が痛む私は、まだ人間みたいだ。
6.24.
フケ女がなじんできて、ターゲットが変わった。
次のターゲットは、伊藤志歩。
伊藤志歩のいじめは、明日から始まる。
ターゲット決定に加わってしまった私は、もういじめグループの一員みたい。
飯田理恵の腰ぎんちゃくな私の、運命だったのだろうか?
7月1日 10:00
国語の授業中だった。
「伊藤さん、教科書出しなさい」
伊藤志歩が怒られた。
「伊藤さん!」
「教科書、忘れました」
「あら、じゃあ隣りに見せてもらいなさい」
「はい」
伊藤志歩の隣りが、教科書を見せるはずないでしょう?
心の中で、先生に言った。
ターゲットは既に変わっている。
いじめられっこはもう、桃原ゆりこではない。
7月7日 8:00
伊藤志歩の机には、大量の落書きと雑巾があった。
ひどい事に、雑巾はびしょぬれだった。
「うっわぁ、あたしってひっどーい」
「きゃはははは!」
やったのはもちろん、城沢美和と飯田理恵。
放課後、伊藤志歩の下駄箱はきっと、虫で溢れかえっているだろう。
城沢美和の、手下たちによって……。
7月12日 13:20
昼休みの出来事だった。
席を外した伊藤志歩の教科書とノートに落書きをする、飯田理恵を見つけた。
驚きのあまり、廊下につっ立ったままになってしまった。
全ページに書き終え、ほっとしたのか、飯田理恵はトイレに消えた。
7月20日 9:30
今日で学校はおしまい。
明日から夏休み。
「ねぇ、夏休みどーするー?」
「海行こーよー」
いろいろな雑談が、教室に響く。
昨日まで落書きでいっぱいだった伊藤志歩の机も、今は汚らしい雑巾があるだけ。
今日は伊藤志歩は休みだった。
8月25日 8:20
伊藤志歩が死んだ。
死因は、転落による後頭部打撲と思われる。
伊藤志歩が住んでいたマンションの屋上から、彼女の靴が発見されたらしい。
警察は、自殺と判断した。
藤堂萌恵の日記
7.1.
国語の授業中、伊藤志歩が怒られた。
どうやら伊藤志歩は、教科書を忘れたらしい。
先生は、隣に見せてもらうようにと言った。
私は、先生に幻滅した。
だってもう、桃原ゆりこはいじめを受けていないのに。
もう、伊藤志歩へのいじめは始まっているのに。
なにも気づいていない先生に、いったい何を求める必要があるのだろう?
7.7.
学校について見ると、伊藤志歩の机は、大量の落書きと雑巾であふれていた。
雑巾は、吸い込めないほどの水でびしょぬれだった。
私は城沢美和と飯田理恵にあいさつをして、机を嘲笑った。
自分がいじめられるのが怖い。
結局は自分を守るために、私は毒を吐き続けてるみたいだ。
放課後、予想通り伊藤志歩の下駄箱は、ミミズであふれていた。
吐き気を催す光景だった。
私は、別に自分がやられているわけではないのに、底知れぬ恐怖に怯えた。
7.12.
昼休み、私は見てしまった。
飯田理恵が、伊藤志歩のものに落書きをしているのを。
どうしよう。
今日はその場に立ちつくしてしまったけど、次からは?
加勢すべき?「やめな」と言うべき?
ううん、後者はだめ。
でも、前者は……。
7.20.
明日から夏休みだ。
しばらく、悩まなくて済む。
でも、今日は伊藤志歩は来なかった。
まあとりあえず、明日からなにも考えなくていい。
楽にいこうかな。
(略)
8.25.
学校で、伊藤志歩が死んだと聞いた。
伊藤志歩は家の屋上から、転落したらしい。
警察は、自殺と判断したみたいだ。
彼女は一カ月、耐えた。
耐えて耐えて、夏休みが来た。
ふと、楽になったみたいだ。
でも、果たして本当に自殺だったのか?
彼女の住んでいたマンションの屋上に、彼女の靴があった。
靴なんて、履いたまま飛び下りればいいじゃないか。
私は、誰かが突き落としたのではないかと考えている。
(略)
9.1.
いじめのターゲットが、私になった。
今朝、私の机の中で、腐ったみかんがはじけていた。
ついに、始まってしまった。
作品名:Death Communication. 作家名:新宮紗弥香