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新世界

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 操作卓の前に座る兵員達に命じる。画面に映し出される敵艦の砲が此方に向けられる。この艦が軌道を変える。
 よし、今だ――。
「迎撃!」
 敵艦の砲の軌道からこの艦が外れると同時に、砲を撃つ。
「第一から第五戦闘機を発進。後方敵艦隊の迎撃に回れ」
 此方が命令すると同時に戦闘機が艦から飛び立つ。五機の戦闘機が後方の敵艦に向けて飛び去っていく。敵艦が隊列を組む戦闘機に砲口を向ける。
「艦対艦ミサイル『水星』、照準!第一から第五戦闘機に通達」
 敵艦から戦闘機に向けて砲撃が始まる直前、此方の砲が敵艦の砲を打ち砕く。その直前に空中に飛び上がった戦闘機が敵艦の迎撃に回る。画面が敵艦撃沈を報せた。
「閣下。本部から通信が届いています。第六艦隊は基地に帰還せよ」
「本艦所属の戦闘機全機に帰還命令を。収容後、本艦は基地に帰還する」
 了解、と、通信機から声が聞こえてくる。全戦闘機が艦に戻ってくるまで大して時間はかからなかった。整然と隊列を組み、周囲を窺いながら着艦する様は、隊長の力量を示していると言えるだろう。
「帰還する」
 命令を下してから、先程まで見ていたメインスクリーンを見上げる。先程までの敵艦がゆっくりと此方に従い、同じように基地への進路を取る。


 今日は艦隊の大演習が行われた。したがって、砲は空砲であり、実際には今この艦には一発のミサイルも装備されていない。国際会議で認められた場合でなければ、ミサイルを発射することも配備することも出来ない。
 それなのにこのような訓練とは――。
「流石はロートリンゲン大将。鮮やかな勝利です」
 司令室に入ってきた大柄な男――ワン大佐が称賛の言葉を告げながら、歩み寄って来た。彼はつい今し方まで、戦闘機に乗り込んで、隊を指揮していた。
「ワン大佐こそ。大佐の尽力あってこその勝利です」
「先程、貴方が撃沈させた第2艦隊は不敗を謳っていた艦隊です。第二艦隊艦長も驚いていることでしょう」
 確かに、第二艦隊は手強かった。この国で一番強い艦隊だったということだろう。道理で第二艦隊を撃沈させたあと、司令室の空気が変わった筈だった。皆、驚いていたということか。
「それにしても急な大演習でしたな」
 ワン大佐は言った。通常、この規模での演習は少なくとも半年前に計画が組まれている筈だ、と。今回、大演習の号令がかかったのは二週間前のことだった。
 そして俺がこの艦隊を与えられたのはひと月前のことだった。今回の演習はお手並み拝見というところだ――とフェイが冗談交じりに言っていたが、きっとそれだけの理由ではない。
 おそらくは戦争が近い。国際情勢が日々緩やかに変化しているような気がする。


 基地に戻り、総司令室に向かうと先程迎撃した第2艦隊の艦長が声をかけてきた。
「巨大な艦を動かしているとは思えない鮮やかな指揮でした。いやはや、完敗です」
 壮年の第二艦隊艦長――クルギ大将はそう言って笑った。
「しかし演習上のこと。私は戦場に立ったことがありません」
「戦場だったら貴方はたちまち英雄になっているだろう」
 彼は温厚そうな表情で笑みながら、そう言った。総司令室の前で立ち止まる。扉を叩くと、中から声が返ってくる。フェイの声だった。
「クルギ大将、ロートリンゲン大将、御苦労だった。此方にかけて待ってくれ」
 アジア連邦の軍務省長官は穏やかそうな老年の男だった。このシヅキ長官には、これまでにも一度会ったことがある。このアジア連邦で客将として任命を受けた時だった。アジア連邦は帝国と異なり、長官と次官は文官が担当する。したがって、長官・次官とも階級は無い。
「ロートリンゲン大将。見事な指揮だった」
「ありがとうございます」
「よもやクルギ大将の率いる第二艦隊を破るとは」
「実弾が使用されていたら、私は今この場に命が無かったでしょうな」
 長官とクルギ大将が語り合うなか、他の艦隊の艦長達が続々と入室する。全員が揃うと、長官はまず、労いの言葉をかけた。
「ロートリンゲン大将の腕は皆、見た通りだ。彼を正式に第六艦隊の長とすることに異存は無いだろうか」
 アジア連邦には若い将官は居ない。そのため、もしかすると異議が出るかもしれないとフェイは言っていたが、この場で異議を唱える者は居なかった。
「ところで、このたびの急な大演習に訝しんでいることだろう。異例の大演習を行ったのは大国との戦争を見据えてのことだ」
 やはりそうか――。
 此方をちらと見遣った将官も居た。大国とは帝国のことに違いない。時折もたらされる帝国の情報は、あまり良いものではなかった。守旧派と進歩派の決定的な分裂が、遙か東方のアジア連邦にまで伝わってくるということは、帝国国内はかなり緊張状態にあるということだろう。
 俺には関係の無いことだ――。


 長官の許に集まった将官達に、解散が申し渡される。予定より早く終了した。
 これからの予定は無い。一度本部に戻り、少し資料を読んでから帰宅しようか――そう考えていたところへ、フェイが声をかけてきた。
「御苦労様。これから帰るのか?」
 俺はまだフェイの部屋に身を寄せていた。宿舎を一部屋割り当ててもらうことも出来たが、あまりに自活能力の無い俺を見て、フェイがもう暫く此処に留まったらどうだ――と提案した。その言葉に甘えて、今日に至るまでフェイの許に滞在している。
「一旦、本部に戻るつもりだ」
 フェイは俺の上官にもあたるから、皆が居る前ならばこのような言葉遣いは慎むべきだろうが、周囲には誰もいなかった。フェイは急ぎの仕事でもあるのかと問うた。
「いや、そうではない。帰宅には少し早いから資料を読んでから帰ろうかと思っただけだ」
「それなら共に帰ろう。着替えを済ませたらロビーに来てくれ。帰ってから話がしたい」
「お前も仕事は終わったのか?」
「ああ。今、長官を見送ってきたところだ」
 ワン大佐がフェイを呼ぶ。フェイはロビーで、ともう一度言い置いてから去っていった。
 将官用のロッカールームに行くと、既に他の将官達は着替えを終えて側にある談話室で寛いでいた。彼等に軽く頭を下げてロッカールームに行く。軍服から私服に着替えて、さっと身だしなみを整える。
「お先に失礼します」
 着替えを終えて談話室を通り過ぎる時、他の大将達に声をかけていく。御苦労様、とクルギ大将が声をかけてくれた。アジア連邦にしてみれば俺は招かれざる人間なのだろうが、意外にも将官達は敵将ともいえる俺を、何の抵抗もなく受け入れてくれた。フェイもこの国の状況から炊事・洗濯といった細かなことまでよく教えてくれる。右も左も解らないこの国で何の不自由もなく暮らすことが出来るのは、彼等のおかげでもあった。


「まだ極秘事項なのだが、ロイには話しておいた方が良いと思っていたことがあるんだ」
「極秘事項を漏らして良いのか?」
「だから誰にも口外しないでくれ。尤ももう皆の間で噂として囁かれているだろうが……」
 フェイは宿舎に帰宅すると、酒と肴を手際良く用意した。向かい合って座り、酒を飲みながら小鉢に盛られた肴を摘む。フェイの用意した酒は日本酒と呼ばれる古来の製法で作られた酒で、この国に来てからその味を覚えた。口当たりが良くて飲みやすい。
作品名:新世界 作家名:常磐