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新世界

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 通信機から発せられる回答に、ほっと胸を撫で下ろした。ミサイル発射の兆候があると聞いた時には焦ったが、寸前でそれを食い止めることが出来たようだった。
「私はまだ其方には到着出来ない。以後はアフラ隊と共にアンドリオティス長官の指示に従ってくれ」
 ミサイル基地への突入の際、銃撃戦となり、数名が負傷したようだが死者は出なかったと言う。幸いなことだった。
「では閣下。帝都に向かわずザルツブルク支部に進路を変えますか?」
 カサル大佐が問い掛ける。ザルツブルク支部ならばあと約七時間で到着するだろうが、帝都に向かわなければならない理由は他にもある。
「いや。イェテル准将達には申し訳無いが、このまま帝都に向かってほしい」
「それは構いませんが……」
「無論、アンドリオティス長官からの許可は取る。宮殿はおそらくもう陥落しているだろう。だが、皇帝とフォン・シェリング大将が逃げている筈だ」
「閣下……。まさか……」
「私は一度ミサイル基地に赴き、核の無力化を確認した後で、皇帝を追う。皇帝はおそらく国外逃亡を計るつもりだ」
 前方のイェテル准将が、息を飲むような表情で此方を見つめていた。カサル大佐は皇帝を捕らえてどうなさるつもりですか、と声を低くして尋ねる。
「国民の前に出て、過ちを認めてもらいたいだけだ。彼だけではない。フォン・シェリング大将他、私を含め陸軍部の大将級は責任を取らなければならない」
「閣下……」
「皇帝にも国際裁判の法廷に立って貰う」
 侵略戦争を起こした責任は最高権力者である皇帝と、軍務省にある。
 また、シーラーズ攻略の際の戦争のことを考えれば、宰相も裁かれるべき身ということになるだろう。きっと宰相は私が言わずとも、自ら法廷に立とうとする。
 勿論それは、宰相の身が無事であることを踏まえてからのことではあるが――。


 通信機が鳴り響く。フサイン大佐が応答すると、アンドリオティス長官の声が聞こえて来た。
「ヴァロワ大将。宰相の身柄を無事保護し、病院に連れて行きました」
 それを聞いた時、肩の荷が下りたかのような気がした。良かった、間に合った――ひとつ息を吐いた。
「……ですが容態が思わしくなく……。病院から今、連絡が入ったのですが……」
 安堵したのはたった一瞬の間だった。
 アンドリオティス大将から聞かされた宰相の容態は、私が考えていた以上に深刻なものだった。
 心臓と肺が殆ど機能していない――。
 アンドリオティス大将は低い声で、医師から伝え聞いたことを教えてくれた。



 以前、聞いたことがあった。
 宰相は体内器官のなかでも心臓が強くないのだと。だから長時間の運動は避けているということも。日常生活に支障は無いが、身体が弱るとすぐ心臓が悲鳴を上げる。ハインリヒも言っていた。そしてその心臓のせいで、肺機能も強くないのだと――。
『……よく元帥閣下が武術を教えたものだ』
 嘗て尋ねたことがある。すると宰相は苦笑しながら教えてくれた。
『医師とも相談の上でした。運動全般を制限されていた訳ではありませんし……。自分の許容量を超えなければ良いだけのことです』
 短距離を走ることは出来ても、長距離は走れないこと、高校に通っていた頃も体育の授業では参加出来ない種目があったと言っていた。
 長時間の移動も身体に負担がかかるから無理だと聞いている。そのせいで、宰相は外交官時代に他国在駐の大使となることは出来なかったのだと――。
 一年に一度は必ず精密検査を受けていると言っていた。
 その心臓を弱らせてしまったのか――。

「アンドリオティス大将。ロートリンゲン家に連絡は……」
「病院から連絡を入れて貰いました。すぐにやって来て、今は宰相に付き添っているとのことです」
「意識は……?」
「それがまだ……。一昨日から意識を失ったまま、今も昏睡状態で……」

 ハインリヒは帝都に向かっているのだろうか……?
 あいつは解っているのだろうか。この状況を把握しているのだろうか。
『俺はルディを許す訳にはいかない』
 あんなことを言っていた。ロートリンゲン家にはもう二度と帰らない――と。
 否――。
 ハインリヒは愚かではない。冷酷な人間でもない。
 必ず宰相の――、フェルディナントの許に駆けつける筈だ。
 必ず――。

「……連絡ありがとうございました。それからアンドリオティス長官、皇帝の行方は把握していますか?」
「今、帝都内を隈無く探しているところです」
「私はミサイル基地で核の無力化を確認した後、皇帝の行方を探します。許可を頂けますか?」
 アンドリオティス大将はそれを了承してくれた。それから彼はイェテル准将と話をし、通信を切った。
「閣下……。宰相閣下は……」
「宰相のことは医師に任せるしかない。私達は私達が出来るだけのことを務めるまでだ」
 カサル大佐への言葉は自分への言葉でもあった。不安を抱いてもどうしようもない。アクィナス刑務所から宰相を救出しただけでも、大きな成果だ。
 あとは――。
 ハインリヒがロートリンゲン家に戻れば――。
 宰相はあれだけ会いたがっていたのだから、ハインリヒに会わせてやりたい――。






「外出禁止令を出したと聞いてはいたが、見事に人が歩いていないな」
 側でフェイが話しかけてくる。
 帝都制圧の一報を受けたのは二日前のことだった。エディルネから帝都へ車を走らせている最中に、共和国軍から連絡が入った。
 そして、つい先程、帝都に入った。
 自分が帝都に来ていることが未だ信じられなかった。見慣れた大通りの光景も、それまでと違って見える。
 まるで自分が招かれざる客のようで――。

「宮殿は制圧したそうだ。尤も軍務省陸軍部の将官達は皇帝諸共、逃げ去った後らしいがな」
「そうか……」
「海軍部ヘルダーリン長官がアンドリオティス長官と話し合っているという」
「……彼ならば上手く講和条約を結ぶだろう」
「ということは、フォン・シェリング大将とは一線を画している人物なのか」
「ヘルダーリン卿は中立だ。尤も今は進歩派に傾いているかもしれんがな」
 帝都陥落がこれだけ早かったのは、陸軍部で有能と目されている人物が皆、早々に降伏してしまったからだろう。帝国軍として最後まで抵抗したのは、フォン・シェリング大将の一派のみのようだった。
 もしこれが国土防衛戦であったのなら、ヴァロワ卿が陣頭指揮を執っていたのなら、たとえ勝利が困難な戦闘であったとしても、此処まで惨敗を喫することは無かっただろう。
「領海に艦船を待機させておいたが、海軍とは直接の衝突とはならなかったそうだ。帝国軍からの攻撃は無く、ただ睨み合っていた状態だと言っていた」
「……海軍部は進歩派が多い。ヘルダーリン卿が不戦を指示したのだろう」
 車窓から移りゆく光景は、現実であるのに現実味を帯びていない。俺はこれからどうするのだろう――そんなことを茫と考えてしまう。
 俺は帝都に何をしに来た?
 フェイは俺に戦後の指揮を執るよう言う。それでも構わない。
 だが何故、こんなにもやる気が無いのか。どうでも良いと思えてくるのか――。
 ヴァロワ卿は懸命に帝国のことを考えて走り回っているというのに――。
 俺は――。
作品名:新世界 作家名:常磐