新世界
「そうですね……。発射台は一ヶ所しか無いのかもしれません。そうなると巧みに発射台を隠してある可能性が高いかと……」
「そうだな。それに発射台が少ない代わりに、実弾を多数持っているのだろう。維持費も相当かかるだろうからな」
「お話中にすみません。長官、マームーン大将から入電です」
先程とは別の通信士が此方に顔を向けて言う。
マームーン大将は今回の戦闘の指揮を担いながら、西方警備部に控えている。次々と帝国の支部を制圧しているのも、偏に彼の力の賜だった。
「回線を繋いでくれ」
ムラト次官は組んでいた腕を解く。俺も立ち上がり、マームーン大将の映像が映し出されるのを待った。数秒でマームーン大将の姿が現れる。
「お疲れ様です。マームーン大将」
此方から声をかけると、マームーン大将は敬礼して首尾は上々だと告げた。此方の被害も想定していたより少ないと言う。
「詳しい数値は後程そちらに送信するが、先に報告しておきたいことがあってな。ラッカ支部を制圧した折、将官を一人取り逃したと報告したが、その将官の身柄をつい先程、確保した」
支部の制圧後は兵から武器を没収するに止めて、決して非人道的な対応をしてはならないと厳しく伝えてある。ただし、このような事態であるから、彼等の身柄は安全な場所に確保しておく必要があった。今は制圧した支部での待機を命じている。
「その将官――、ムラト次官は面識があるかと思う。帝国軍の陸軍参謀本部長、リーンハルト・ウールマン大将だ」
「あの参謀本部長をですか!?」
ムラト次官が身を乗り出して問う。マームーン大将は頷いて応える。
敵軍の参謀本部長をこんな初期の段階で確保出来たなど、俺も信じられなかった。流石はマームーン大将というべきか――。
「いや、ウールマン大将から話を聞いたところ、どうやらこの戦争の前に参謀本部長を解任され、ラッカ支部長となっていたらしい」
「降格……ですか」
「フォン・シェリング長官の一言で大幅な人事が行われたようだ。普通、本部の重職にあった人間を国境の支部長には任命しないだろう。私達が考えている以上に帝国内部は深刻な事態となっているようだ。ウールマン大将から話を聞きたいものだが、そうした役目は長官やムラト次官の方が適任かと思ってな。彼に直接本部に行ってもらった方が良いと考えたのだが……」
どうだろうか、とマームーン大将は問う。俺も是非とも話を聞きたかった。参謀本部長を勤めていた者ならば、様々な情報を知っている筈だ。ルディのこともきっと聞き出せる。
「解りました。直ちに専用機を其方に向かわせます」
「宜しく頼む。それから彼ともう一名、帝国軍ヴァン支部所属のマリオン・ボレル大佐を同行させる。彼からも話をお聞きになっていただきたい。彼は長官の知りたい情報を持っている」
マームーン大将は笑みを浮かべて言ってから、通信を切った。ムラト大将はすぐに専用機の手配をする。一時間後には西方警備部に向けて出立することになったから、今日中にはウールマン大将を此方に連れて来ることが出来る。
それにしても、マリオン・ボレル大佐――名前に覚えは無いが、何の情報を持っているのだろう。
午後四時に専用機が広場に到着したとの報せを受けた。外交部に行っていたムラト次官はすぐに本部に戻ってくる。ラフィー少将にウールマン大将とボレル大佐を広場から丁重に迎え、執務室に連れて来るように告げていた。おそらくあと十分でこの執務室にやって来るだろう。
「マームーン大将も言っていたように、参謀本部長まで務めた人間が、遠方の支部長に降格など聞いたことも無い。ウールマン大将は宰相側の……、ヴァロワ長官側の味方だったのだろうな」
「そうでしょうね。今の参謀本部長が誰なのかも気にかかりますが……」
「何、帝国の布陣を見れば大した人物ではないことはすぐに解る。ウールマン大将もヴァロワ長官もこんな無茶な布陣はしない。極力、被害を避けようとするだろう」
ムラト大将の言葉は辛辣だが、的を射ていると思った。帝国軍は兵を無駄にするだけで、その戦法すらも見えてこない。纏まりのない大軍の塊――そんな風に見える。
「長官、ムラト次官。ハリム中将が戻って来ました」
テオがそっと報告に来る。解ったと告げると、テオは司令室に戻っていく。
一分後、ハリム中将が帝国軍の制服を纏った男二人を連れて現れた。一人の男は大将の階級章をつけている。彼がウールマン大将なのだろう。
そしてもう一人の男――。
ボレル大佐といったか、名前に聞き覚えは無かったが、その姿に見覚えがあった。リヤドからマスカットに抜ける際、追いかけてきた憲兵の一人だ。
そうか。だからマームーン大将はボレル大佐を伴わせたのか――。
彼が此処に来ているということは、ルディがあの後どうなったのか、正確な情報を得ることが出来る――。
「新トルコ共和国軍部長官レオン・アンドリオティス大将です。ウールマン大将には、共和国まで御足労いただき、感謝致します」
「新ローマ帝国軍務省陸軍部ラッカ支部長リーンハルト・ウールマン大将です」
「同じくヴァン支部所属マリオン・ボレル大佐であります」
二人に座を勧める。ウールマン大将は何か思い詰めているような表情をしていた。内部のことを詳しく語ってもらいたいものだが、もしかしたら難しいかもしれない。
「早速此方からの質問を失礼します。ウールマン大将、貴方ほどの御方が何故、参謀本部長を降りられたのですか?」
挨拶をしてからは黙り込んでいたウールマン大将に、ムラト大将が遠慮無く問い掛ける。ウールマン大将は少し眉を引き上げて、しかしまだ黙り込んでいた。
ムラト大将は、普段はこんな風な会話の切り出し方をしないのだが、どうやら何か考えがあるようだった。
「帝国内部で一波乱あったと受け取って構いませんか?」
ウールマン大将は一度眼を閉じ、それから俺とムラト次官を見つめた。
「貴国が帝国の窮状をお救い下さるというのなら、全てをお話しましょう」
ウールマン大将は意を決した様子だった。全てを話すということは、彼は下手をすれば帝国で罪に問われることになる。それすらも覚悟したということなのだろう。
「マームーン大将には少しお話しましたが、私はまだ迷っておりました。私は帝国に妻子が居る。帝国を裏切るような真似をすれば、妻子の身に危険が及びます。……ですが、こうして貴卿とお会い出来たということは、宰相閣下を救う好機とも考えています」
宰相という言葉をウールマン大将は発した。俺の聞き間違いではない。今、はっきりとそう言った。
「お聞きして宜しいか?」
俺が問い掛けると、ウールマン大将はどうぞと頷いた。
「貴方は今、宰相を救うと仰った。宰相は今、何処に居るのです……?」
「帝都の北、テルニの町にあるアクィナス刑務所です。貴卿が国境を越えた後、宰相閣下は捕らえられました。そして、懲役五十年を陛下によって言い渡され、現在服役中です」
「懲役五十年……!?」
それでは終身刑と同じではないか――。
それにルディの身体は俺のように頑丈に出来てはいない。そんな長期の懲役に耐えられる身体ではない――。