小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

明日のこと

INDEX|1ページ/1ページ|

 
世界が滅んだって何だってよかった。



今日も地球は回っていて、人間は普通に暮らしている。
アホみたいな問題も山ほどあるけど、それはまぁ問題としてあるだけだ。


***明日のこと***


明日が来る。明後日が来る。未来が来る。
けれど、俺の未来というのは、この手に持った缶コーヒーくらいの重さもない。

どうせ明日死ぬなら、苦しくないといいなと思った。
そう、予定では明日。
俺の心臓は鼓動を打つことを忘れるらしい。

俺のこの病気はどうにも珍しい病気らしい。
たくさんのことを忘れる病気だそうで、複雑な感情もたくさん忘れたし、これまで生きてきた記憶ももうあまりない。
けれど、体は普通に動く。体力は格段に落ちたけれど、痛みはない。

それでも何もない人間、それが今の俺の状態らしい。

笑ってしまうかもしれないけれど、自分に大切な人たちがいたのかさえも怪しい。
病室で泣いている人たちが俺の大切な人だったのだろうけど、もう思い出せないのでそんなに悲痛そうな顔をされても居心地が悪いだけだった
そこで病室を抜け出し、俺は今、病院の庭のベンチに座っている。
缶コーヒー片手にぼぉーっと。余命一日の人間が。
ここは唯一消毒液の臭いもなく、健康な香りがしたからだ。
勿論、気休めに過ぎないのだけれど。

子供たちが遊んでいるのを眺める。
少しあたたかい気持ちになった。

普通、死を目の前にした人間は、もっと取り乱すのだろうなと思った。
けれど、俺は死について考えるにしても、覚えていないことばかりで考えることさえなかった。
胸が痛んだりすることもなかった。
死ぬことへの恐怖に取り乱すためには、今生きている価値が必要なのだなと思った。
何もない人間は死ぬことと生きることにそう変わりがなかった。
逆に幸せなのかもしれないな。
コーヒーを一口飲んだ。
以前も飲んでいたのだろうけど、初めて口にする味だった。
嫌いじゃない。

「それでもお腹はすくんだなあ。」

最後の晩餐は何だろうか。きっと初めて食べる味がするんだろう。
それでも、この飢えが満たされればいいなあと思った。
俺はベンチを立って、また消毒液臭い部屋へ戻っていく。


(明日の自分が穏やかでありますように。)
作品名:明日のこと 作家名:はづき